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2008年10月30日 (木)

Michiesl中将のモニュメントとKock大将

Monumen Michiels と言えば2006年正月のこのブログの原点みたいなものである。Prasasti_08aug_3Hetmichielsmonument18881889

Lapangan Bantenからイステクラル・モスクとプルタミナの間の道Jl.Perwira(昔のWillem Laan)に向かうモスクの敷地(昔のWilhelmina Park)にこのモニュメンはあった。写真で見るモニュメンは隣のローマンカトリック教会(現在のカセドラル)に比べ2倍くらいの高さがあるように見えた。このモニュメンは西スマトラ遠征軍司令官でありそのあとバリ攻略軍司令官であったAndreas Victor Michiels中将の記念したものという。ローマンカトリック教会は当時の副総督であり蘭印軍最高司令官であるKock大将の土地でもあった。1849年にMichiels中将がなくなった後1853年から1855年の間に建造されたというが何故上位の武勲もあるKock大将の記念碑ガがなくMichiels中将のがあるのかは不明である。コック大将については5月25日のブログを参照して欲しいが、彼はデポネゴロ戦争でベンテン戦法を編み出したが莫大な財政支出を伴うものであったというのが敗因であろう。彼の墓はプラサスティ墓碑公園にあるがこの墓碑公園にMonumen Michielsに良く似た建造墓があったので今日はそれを比較してみよう。絵のほうはAdityawarman氏のブログにあるものを借用した。横にローマンカトリック教会も見える。


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