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2008年10月 6日 (月)

路傍のスカルノ

カサブランカ通りの先のAbdul Syaffiie通りのガソリンスタンドの横にスカルノの胸像が建っている。コンクリートを塗り固めたような粗末な胸像である。誰かこの近くに住んでいるスカルノを崇拝する人が立てたのだろうと思っていたがAbdul_syahiie_006
写真を見ると横にマルハエンの旗が立っている。多分前回の選挙に公認されたマルハエン主義国民党の事務所が近くにあるのかも知れない。マルハエン国民党((PNI Marhaenisme)はスカルノの大衆主義と国民党の流れを汲むものとしてPDIPから1995年に分離(スペニ派)した、党主はスカルノの次女スクマワティである。前回の総選挙では0.89%、1議席を獲得するのみであった。
序でに言うとスカルノ3女はラフマワティと言うが彼女も2002年先駆者党(Partai Pelopor)を結党、0.77%の得票率ながら2議席を獲得している。スカルノの息子二人は芸術活動などで派手さがないが、娘3人は大したものである。多分に親父の血を受け継いだのであろうが、親父の女性遍歴にはどんな影響を受けたのであろうか

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