« ポケケアの巨石文化 | トップページ | Prasasti 公園の世界遺産的価値 »

2008年10月16日 (木)

メーチニコフの驚きの生涯

ロシアの革命家メーチニコフ著、渡辺雅司訳の「回想の明治維新」を流し読みした。明治維新直後の慌しい時代の庶民の力強い生活や歴史に根ざした文化に素直驚いている。滞在1年半で日本語論、日本史論を展開し日本地図まで物にした。欧州各国語・アラビア語・中国語・日本語等10以上の外国語もマスターし論文、著作も多数、生涯たったの50年でここまで達するのだと驚く。メーチノフ(1838-1888)は、若いときロシアの大学や祖国からまで追放され、祖先の仇を討つとしてモルダビアに潜入したのを皮切りに、バルカン、スペイン、ポルトガル、イタリアの革命を追い、イタリアではがルバルヂの赤シャツ隊も率いた戦闘で足を爆破される。ジュネーブで大山巌(後の元帥)や木戸考允に邂逅、西郷の招待で来日するが、来日時は西南戦争で最早西郷はなく文部省のお抱えの東京外語大教授として過ごす。アナーキニストでもある彼は“ブ・ナロード(民衆へ)”と日本民衆が勝ち取った維新の感動を求めて日本にやってきたのである。「日本帝国」というフランス語の大著もある。
彼の地図にはちゃんと日本海とあるのを見たが、これで韓国の論点を突破できないかとふと思った。

|

« ポケケアの巨石文化 | トップページ | Prasasti 公園の世界遺産的価値 »

ジャカルタ人の日本日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: メーチニコフの驚きの生涯:

« ポケケアの巨石文化 | トップページ | Prasasti 公園の世界遺産的価値 »