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2008年11月22日 (土)

バンドンBragaのBioskop

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オランダ人闊歩していた20世紀初頭、オランダの農園主はバンドンをリソート地として開発しバンドンはジャワのパリと言われるようになった。彼らはバタビアから女性やビジスマンを引き連れ週末バンドンに訪れた。Braga通りはカフェ、レストラン、ブティークなどがそろったプロムナードであった。と言うその中に映画館がある。昔Teater Majesticと呼ばれた1925年のたてものである。弟のRLA Schoemakerのデザインでアールデコとスンダのスタイルが取り入れられている。当時はその形状からビスケットの缶(Blikken Trommel)と呼ばれブラガの遊興のセンターであった。スンダの香りと行っても二階の正面の上の方に飾られている魔よけの大きなお面(Raksasa Penjaga)のことであった。

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