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2008年11月 1日 (土)

Javasche BankのBI博物館

2月28日のブログで現在のコタのBI(現在博物館)の歴史は触れたがこの建物の設計にもその歴史がある。
Java_bank_indonesia_053
この建物の場所はバタビア城の中に位置し、Binnen Hospitaalが建っていたがそこでJavasche Bankは営業していた。 Bank であるが天然資源の取引、その中にはKaca Kaca Patri(ステンドグラス?)も含んでいたとの事であったが手狭になってきた1909に最初の拡張リノベーションが行われた。拡張リノベは5段階あり、基本的にEd Cuypers en Hulswsit設計事務所が手がけたが第1段階のリノベはEcole des Beauxから発信され当時ヨーロッパで流行となったBeaux Artsの流れの影響を受けたネオクラシック風のデコレーションである。この中でローカル色も取り入れた最初の建物と評価されている。第2段階は1922年の拡張でオランダから輸入した緑のセラミック・タイルを貼られ現在Ruang Hijauと呼ばれる会議室等が作られた。この設計はFermont Cuypersである。DordrectのLIPS会社が鉄ねじで強化し、2重の壁をもつ貯蔵室を作ったのも一連の拡張である。第3段階は現在のBank通り側及び運河側に逆L型の長い建物が建造されたがこの段階で完全にBinnen Hospitaalの残滓はなくなった。第4段階は1933年Ruang Khazanah(金庫室)、最後に1933年正面の見えは質素に作りなおし、真ん中に荘厳なunitが作られた。それ以降は今年博物館となるべく化粧直しされている。設計事務所の名前はパートナーとの関係で若干変更があるようであるがジャカルタのこのBIもバンドンのBI(10月24日ブログ参照)も設計者はEdward Cuypersの名前で共通である。 写真はジャカルタのBI博物館の左がBank通り右が運河側の角を臨む。

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