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2008年11月 9日 (日)

バリテロ死刑執行の後

今朝早く、バリボンバーのイマムサムドラ、アムロジヌラシム、アリグフロンの3人の死刑執行の大使館ニュースに起こされ081109brazia
雑誌の原稿書きで1日が終わろうとしている。 テレビも10年の耐用年数で壊れているので街の様子も解らない。2-3携帯で聞いてみると、普通と変わらないみたいであり、最後の一人は飯食いに行くのでどうですかと言う。そうなるとブロックM密集地帯より一軒はなれて独立したネシア系がいいのであろう。
インドネシアの埋葬はフルスピードで墓場に運んでいる風景に良くぶつかる。死刑囚の場合も空けやらぬ時間に夫々のふるさと、東ジャワやバンテンに運ばれ最後の別れの後埋葬される。報復があるとするとその後であり、怖れるとこれは何時止むとも知れない。愈愈アメリカの金融恐慌より怖い社会不安と暗い世の中にならなければ良いがと思うもののなすすべもない。このようなときに神に祈るのであろうが。。
写真は車両検査Raziaで警戒レベル1の風景、SCTV Liputan6より借用

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