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2008年12月の投稿

2008年12月31日 (水)

2008年の10大・重大事件

2008年 重大ニュース、1年振り返って特徴的な出来事をあげると;
①  国際金融危機の影響甚大 (迅速な諸対策、軽微・恢復期待)
②  所得税法案改訂の大幅減税、
③  テロ・イスラムパワーの増大、(ポルノ法、FPI増長、宗教抗争、総選挙イスラムまみれ)
④  日イEPA締結
⑤  贈収賄訴追強化
⑥  貧富の拡大・モール花盛り 
⑦  アセアン共同体スタート
⑧  OPEC脱退、原油高騰、電力不足
⑨  投資環境改善ならず 各種ランキング低迷
⑩  番外編:スハルト死去・時代の終焉
因みにNNAでは以下の通り
【第1位】金融危機の影響ジワリ、景気急減速
【第2位】スハルト死去、長期政権の功罪残し
【第3位】日イEPA発効、国交樹立50周年に
【第4位】燃料価格、上げ下げに一喜一憂
【第5位】電力危機で操業制限、解決は来年以降
【第6位】所得税法改正、年明けから最高税率下げ
【第7位】事故多発のアダム航空、経営破たん
【第8位】中銀・議員贈収賄事件、前総裁に有罪判決
【第9位】通信インドサット株、テマセクが売却
【第10位】OPEC脱退、輸出拡大なら再加盟も
【番外コラム】自動車の販売台数、域内首位に
【番外コラム】輸入食品の規制強化、日本食が消えた
【番外コラム】バリ爆弾テロ犯に、死刑執行
【番外コラム】オバマ氏、インドネシア語で冗談も

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2008年12月30日 (火)

アストラとジャーディン・マセソン

インドネシア第1の大企業アストラの役員の経歴を見ていたら監査役10人中ジャーディン・マセソングループを代表している人が4人おり、又取締役にも1人いる。従いASTRAは4割ほどがジャーディン・マセソンが保有していることとなろう。その一人はBenjamin William Keswickと言う名前であるが、現在のジャーディン・マセソン グループの代表はヘンリー・ケズウイックという名前でグループ創業者ウイリアム・ジャーディンの姉の子であるので謂わば何代目かの系譜であろう。履歴を見ると英国籍でNewcastle大学卒、Jardine Pacificの財務担当役員から現在はJardine Cycle & CarriageのMDであり且つ、Jardine Matheson Holdings、Jardine Matheson Ltd、Cycle & Carriage Bintang、MCL Landの役員とPT United Tractors Tbkの監査役を兼任している。ジャーディン・マセソンは上記に見られる通り、投資業、金融業、不動産業、建設業、貿易業、物流業、小売業、ホテル業(マンダリン)、飲食業を営む世界ランキング437位の大企業である。本社所在地はイギリス、登録上はバーミューダ、ヘッドオフイスは香港、上場はシンガポールとロンドンの複合国際企業である。ウイリアムの名前には違いはないが昔のオーナーの華人ウイリアム・スリヤジャヤ(William Soeryadjaya)ではないので、かたきを取ってくれたのであろうか。

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2008年12月28日 (日)

ホテル・スラバヤ はHotel BBS

Hotel_bbs_2
12月14日のブログで紹介したバンドンで一番古いホテル・スラバヤは又の名をBBSという。
Bobo Bobo Siangの略で昼間も赤ちゃんのようにゆっくりお休みという事だろうか。もうリノベは済んでいるかどうかは知らないが写真はDetikbandung.comの"Jendela Bandung" Her Suganda (2007)からである。 
バンドン市では153もの建物を市の遺産指定を行っているが幸いHotel BBSも指定されている。
しかし120年以上も経っているので殆ど使い物にならないだろう。一部は残すだろうが。。

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2008年12月27日 (土)

Hotel Sriwijaya/Lion de’Or/Cavadino

イスティクラル・モスクよりイスタナ・ネガラに向かうJl.Veteran(昔Citadelweg) No.1にHotelがある。歴史のあるホテルには見えなかったが、Scan10112
ここは1863年にConrad Alexander Willem Cavadino によって建てられたHotel Cavadinoと言われた。この後1899年に跡地にHotel Lion d’Or (Singa Emas)が建てられこれは1941年にPark Hotelと改称し更に1950年に現在のHotel Sriwijayaと名前を変えた。現在余りその風格はないがジャカルタで最古のホテルである。それでも未だ超割安レートだと思う。
この地域はその昔今のイスティクラル辺りがバタビアの守りFort Noordwijk (ノルドワイク砦Benteng Noordwijk) とCitadel Prins Frederik (Benteng Pangeran Frederik)があったところである。
HOTEL SRIWIJAYA Jl. Veteran No. 1, Jakarta Pusat 10110, Indonesia Phone: 62-021-3440409 (Hunting), 62-021-3846988 (Hunting), Fax:62-021-3446543である。現代の写真は07年11月16日のブログを見てください。

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2008年12月26日 (金)

アジア1の観光都市バンドン Braga

世界最大級の旅行クチコミサイト「TripAdvisor」が、世界の旅行者から見たアジア人気観光地ランキングトップ20」を発表したがこれにバンドンが1位に選ばれた。Bandung_aug08_067
それを機にしたかどうかバンドン市はバンドンの中心街、昔の佳きオランダ時代のプロムナードであるBraga通りの建物の白壁塗りなど始めたとジャカルタ新聞に出ていた。この通りは1kmクラスの長さがあるが既にレトロ感は十分ながら魅力ある商店・商品がない。洒落たカフェやレストもなかった気がする。又観光都市バンドンも交通網で壁に突き当たろう。小生はサボイホテルに無断駐車してそこから歩きグルッと回って3~4kmも歩いただろうか。
このランキングは口コミ投稿数やページビュー数などを基準にしている為ユニークな都市が全体的に選ばれた。2位~4位はフイリピンのバタンガス、タガイタイ、ラオアグで、ジャグジャが5位、以下6位中国・黄山、7位カンボジア・シアヌークビル、8位ラオスのビエンチャン、9位日本の函館、10位台湾 コーヒョン。その他日本は14位長野、20位高山、ジャカルタが19位でランクインには驚いた。

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2008年12月25日 (木)

ジャカルタ地下鉄に日本借款

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経済担当調整大臣の役員の話としてジャカルタノ通勤鉄道の建設資金として日本より1,420億円の借款の予定が報道されていた。建設は2010年にスタートして2014年完成の予定である。延長14.3kmで中央ビジネス街と南ジャカルタを繋ぐというので地下鉄(ジャカルタMRT事業)のことであろう。一方別の役人は来年政府は経済梃入れのため100兆ルピアをインフラ建設に投ずるという話も同じ報道の中にあったがそれ以外の詳細はない。
MRTについては2006年にもJBICが借款を与えたがそれは設計サービスに対するもので、今回ので、愈愈鍬入れが始まるというのであろうかそれにしても2010とは。いつか撮った写真は多分ブカシ線であろう。ブカシ線はその先はバンドン、スラバヤに行くので重要な路線である。この線にも複々線化とマンガライ駅の高架化事業で円借款が付いているはずであるが。。

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2008年12月23日 (火)

最初の銀行Bank Courantの伝統

Alwi Shahabさんによるとインドネシアの銀行は300年の歴史があるそうだ。カリブサールに行くと昔chartered Bankの並びにトコメラーといわれる建物があるがSep07_salemba_kopi_069
これはボゴール宮殿を最初に建てたイムホフ総督が住んでいたところがある。このドイツ生まれの総督が1746年にLeening商業・銀行を作り質屋のように物を質にとって金をかすことにしたというのである。しかしながらその後多くの経営者が出てきたので1952年にDe Bank Courant.と言う中央銀行的なものを作った。これは債券を発行し売買を可能とした。しかしこの銀行も今の中銀と同じように汚職が蔓延しVOCの衰えと共に1794年には閉鎖されたそうである。写真は何時行ってもしまっているトコメラー。

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2008年12月22日 (月)

イスラム・パワーの増大、

小生が選んだインドネシアの2008年10大ニュースの3番目に上げたイスラム・パワーの増大であるが、穏健イスラムのワヒッド研究所でもイスラムの寛容さがなくなりつつあると警告している。
ワヒッド研究所はナフダトゥールウラマにリンクしたシンクタンクで、前大統領の名前をつけたものである。要旨は
1) 本年11ケ月の宗教の自由を違反した事件は234件で昨年の19%アップ
2) ポルノ法は宗教的な触発の法でバリの彫像やパプアニューギニアのコテカまで違反となりうる法で大統領候補とされるHamengkubuwono Xも国家建設にとって恐るべき悪法だとしている。政治評論家でもあるUI教授Arbi Sanitもこの法は政府が宗教原理主義者への媚であるとした。
3) 宗教の寛大さを推進するAhmadiyaに対するFPIの暴力行為に対し政府は期待を裏切り、FPI を禁止できず逆にAhmadiyaに自粛を求めた。どっちつかずだとUIの政治学者Maswadi Raufは論断した。
テロ専門家のSidney Jonesは社会の緊張を政府はどうすることも出来なかったことは社会の組織を破壊する国家への最大の恐怖だとした。政府が宗教の自由と少数派の尊重する堅固なスタンスを取らない限り社会不安は増加するだろう。
4) 選挙を前にして政治家が暴力的宗教グループにさえ強硬に当たることを避けたがる。ユドヨノ政権がイスラム政党に依存する提携にも見られることだ。宗教を政治的な競争に利用する動きに警戒すべきである。
と言うものである。これ自体選挙を意識したリポートだとおもうのだが、主張にはうなずきたい。

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2008年12月21日 (日)

インドネシアの刑務所 lembaga pemasyarakatan

読売新聞に筆者名がない寄稿報道があった。Cipinang_rawamangun_004
ジャカルタのチピナン刑務所で受講者に対する大学法学部の講義が行われているというものである。元受刑者が作った団体が発案したようで、又受刑者の法律に対する関心も高かったからだそうで、ブンカルノ大学法学部がこの要請に応じた。刑務所内の部屋ではあるが毎週金曜と土曜、各3時間で3年で法学士号がもらえる本格的なものである。3年間懲役の義務もあるだろうと思うが、インドネシアには懲役がない。法令の翻訳で困るのは罰則規定でPenjaraとkurunaganがあることである。Kurunganの場合は短期で、Penjaraは長期でどちらも禁固である。或いはKurunganは拘留かもしれないが、大学書林の辞書にはどの専門語も無く精々監獄と刑務所であった。受講者に汚職犯の元公務員や政治家が多いという。ユドヨノ大統領は汚職撲滅を強化してきたが、中銀汚職事件では長男の妻の父親が中銀副総裁時代、汚職にまみれ逮捕されたニュースもあったが、小生は掛け声だけで徹底しない文化と読んだが、この読売では大統領の強化運動の徹底さを論じている。そう読むべきなのだろう。又インドネシアでも最早刑務所は死後となり確かlembaga pemasyarakatan社会復帰訓練所とか言うはずである。しかし毎年恩赦であっという間に社会復帰する。

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2008年12月20日 (土)

アル・アズハール モスクと大学

シシンガマンガラジャの通りを通るときいつも目にする広大な敷地のモスクがアル・アズハール・モスクである。
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アルアズハールといえばジャカルタ日本人学校が毎年交流キャンプをやっている相手中学の名前でもある。又ジャカルタの中にも東ジャカルタ(Meruya)や西ジャカルタ(Puri)などにもあるがここクバヨランのは正式にはMasjid Agung Al-Azharである。ここに同じ名前の大学もある。このモスクはジャカルタ市の歴史遺跡18のうちの一つであり文化遺産とされている。そんな古い話でなく1952年にマシュミの14人の人物がモスクを建てることになり当時の社会大臣Syamsudinの提案で全員でイスラム教育財団(YPI)が設立され53年からモスク建設をはじめ1958年に完成した1960年代にカイロ大学のM.Shaltut教授が公開講座を講演し彼によりアルアズハールの名前が与えられたという。確かエジプトに同名の大学もあるはずである。

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2008年12月18日 (木)

カルト集団 Lia Eden 

ジャカルタ警察がLia Edenを逮捕したという何か気を引くようなタイトルの報道があった。Googleすると意に反して汚いばばぁがねじり鉢巻で出てきた。本名はLia Aminuddiで、聖人、神の使者ガブリエル、処女マリアの再来などと嘯く謂わばカルトの教祖であるが2006年にも冒涜の罪で2年の刑を受けたことがある。刑期満期前に出所できたようで前回はイスラムに不敬なブロ-シュアなどを頒布したことが問われたが今回は多くのモスリムが彼女がジャワに作った拠点エデン王国の閉鎖を求める声に応じた形である。何でもありのインドネシアであるがこの分野はインドネシアの得意の分野だ。小さな内に目を抓んでおくことに越したことはない。

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2008年12月17日 (水)

ナスチオン元帥の記念館

メンテンのトゥク・ウマール通り40番地はナスチオン元帥の自宅であった。Nastion_108
余り知られてないこの住宅は小生の自慢の種であったが先日、ナスチオン記念館として一般公開されることとなった。何度かこの前の通りを通って建築中を見たたが何時ぞやは写真を撮ろうとすると守衛のチンピラに止められたことがある。
ナスチオン元帥は9.30事件で襲撃された11人の中のトップであるが、銃撃の中隣のイラク大使館に塀を乗り越え逃げ込み一命を取り止めた。その時、人違いの部下と5歳のイルマちゃんが銃撃に当たりなくなってしまった。イルマちゃんの話は中学生の歴史にもちゃんと登場させている。ジャカルタで襲撃され殺害された将官は7名(一人は大尉)いるがその中のトップのヤニ陸軍参謀長の家は同じメンテンで、はずれのRatuharhariにありこれも早くから博物館になっている。ヤニ将軍は死亡後昇格し大将になっているがナスチオンはスハルトの慰撫で元帥となっている。元帥Genderal Besarはナスチオンの他、スハルト、スデルマンの3人であるがスドモ海軍大将もそうなったかも知れない。ゲシュタプの時はスハルトがKostradの少将で、ナスチオンが国軍司令官でトップであったが、事件の展開でナスチオン自身が国民方議会議長としてスハルトを大統領に任命する羽目となった。スマトラ出身のナスチオンはジャワのスカルノとの折り合いも悪く、スハルトとも確執が長く続いた。
とはいえ入館料は無料で博物館自体も多分ご遺族の寄付で出来たのであろう。

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2008年12月16日 (火)

「渓村秋晴」のブイテンゾルグ

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写真は野間文化財団所蔵、1908年川合玉堂筆の「渓村秋晴」と言う作品である。
これを見るとボゴールの風景画を思い出せる。両方の絵は同じ頃のものであるが風景構成と遠近法が出てきた頃だと思う、ボゴールの絵の遠くに見える白い建物は宮殿でファン イムホフの宮殿の後第2宮殿であるが1834年の地震で倒壊した。
玉堂は橋本雅邦の狩野派の技法を学んだ。四条派の写実的姿勢が感じられ岩肌や水流に狩野派の筆法が見られる旧来の技法を脱しきれない側面の一方で遠近法を取り入れ自然を合理的に描写する姿勢の萌芽が見られる
美しい自然と人々の営みを主題にした平明な風景画世界を確立した。(読売新聞より)

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2008年12月15日 (月)

バクリーのランキング下げ 

インドネシアの株価下落、資源価格の反落、ルピアの下落で、インドネシア大富豪第一位だったアブリザールバクリー氏が首位の座を明け渡し第9位になった。フォーブスアジアのIndonesia 40 Richest 2008の報道である。
今年の一位は昨年2位のSukanto Tanotoであるが彼の資産も47億ドルから20億に縮小した。彼はインドネシアよりシンガポール・中国に居住しているがRaja Garuda Mas(RGMI)でパームオイルのAsian Agri Groupと紙パルプのAsia Pacific Resources International Holdings Ltd.を擁している。グループのスポークスマンのKetut Wirabudiは2億ドルと言うのは負債を除いた資産だけではないかと嘯いているがAsian Agriはインドネシア税庁に1億ドルの脱税を追及されている。
2位、3位はDjarumグループでBCAを支配しているBudi / Michael Hartono兄弟で夫々17.2億ドルと16.8億ドルである。以下10位まで上げると、4.Puteta Sampoerna 15、5. Martua Sitorus 13、6. Peter Sondakh 10.5、7. Eddy William Katuari 10.4、8.Eka Tjipata Widjaya 9.5、10. Mardaya Poo 8.25

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2008年12月14日 (日)

バンドンのホテル・スラバヤ

バンドンで一番古いホテルがホテル・スラバヤである。殆ど破壊寸前(dirobohkan)で訪れた今年の夏はリノベ中であった。Bandung_aug08_243
Jl. Kebon Jati 71のPecinanチナ人地区にあり、1886年ごろ中国人の事業家が建築したものと言う。丁度バンドン駅に行く一方通行の道にある。バンドン駅は前と後ろに駅舎があるが裏の駅舎の方である。1884年にバンドンまでの鉄道が開通しバンドンが華やいでいく時代で1906年に当時モダンを追及したパッサール・バルーがオープンした。このホテルは全体シナ風であるが3段階の建築があり最初はネオクラシック、2回目にタワーが付けられ3回目はアートデコだそうだが写真では良くわからない。

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2008年12月13日 (土)

Ali Alatasも英雄へ

スハルト・ハビビ大統領時代2期も外務大臣を務めたアリアラタス氏がなくなった。シンガポールで入院していたそうだが未だ76歳である。もともと心臓が弱くインドネシアの病院に11月20日入院し4日後シンガポールに変更していたそうだ。
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亡骸は一昨日ジャカルタに戻り昨日カリバタ英雄墓地に埋葬された。
アラタス氏はこの12月に発効したアセアン共同体のアセアン憲章の原案作りに貢献した.
彼は1932年ジャカルタ生まれ、インドネシア大学法学部卒、1988年から1999年まで外相を務めた。その前は国連インドネシア大使を長く務めている。最後は大統領諮問委員会委員長であり国連の特別高級グループのメンバーであった。ジャカルタ生まれであるが風貌的には東ジャワに多いアラブ系である。

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2008年12月11日 (木)

Pancasila記念館も軍人施設

Concordiaが軍人クラブならGudung Pancasila(08年1月8日ブログ)も軍の施設で軍司令官官邸であった。この地は17世紀18世紀は中国人の砂糖精製工場がある所で当時の軍司令官であったコック大将の軍司令官邸は現在St. Maryカセドラルのあるところにあったが1828年に売却し、Scan10044
ここプジャンボンに引っ越した。その後軍自体が本部をバンドンに移した為ここは新しくできたVolksraadとなった。Concordiaという建物の名前もバンドンにあり(アジアアフリカ会議の会場となった建物)でバンドンの軍司令官邸もジャカルタのものより立派だ。
Ionic Colomnの美しい古典調建物 日本の降伏迫ったこっろ独立準備委員会がここで開かれ6月1日パンチャシラ誕生のスピーチ(Lahirnya Pancasila)を行った。Treaty Hallにはpreamble of 1945憲法が飾られている。

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2008年12月10日 (水)

Top 10 Restaurants in Jakarta

ガルーダの機内誌ガルーダに掲題の記事があった。既にこのブログに登場したOasisやKembang Goela、Boploも出ていたが行きたいところも在るのでメモを取ってきた。
Wijaya_lamandau_jan08_026
*Dapur Solo:Sungai Sambas 7278-7271 もともとRujak(果物サラダ)だけの小さな店であったが今や。 ジャワ料理で Nasi Langgiが得意
*Gado dado Boplo :Panglima Polim IX 7278-7371  07年6月11日ブログ参照
*Palalada:Grand Indonesia 570-0669、Kokomoh と言うチキンブイヨンが有名
*Bebek Bali :Senayan Taman Ria 574-7667 バリ風ダック照り焼き
*Ikan Bakar Cianjur :Batu Tulis 350-7788 Cipete Rayaにもある。
*Kembang Goela :Agam Riadiのインテリアー設計、料理のコースを紹介するとNyai Dasima Salad ―Sayur Lodeh Soup― Dendeng Blado―Es Cendol ブログは07年-9-9日
*Natrabu Minang Restaurant :Agus Salim 3193-5668 500 元旅行代理店の名前
*Beatika :Hang Lekir 722-6683 、メナド料理、Mie Cakalangなどもある。
*Tesate :Plaza Senayan 572-5521 日本人の設計 コンセプトはSunrise to Sunset
*Oasis :Raden Saleh 315-0646、クリントンやスペイン王も来店 ブログは07年6月6日
本当はこのていどではないのだが。。

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2008年12月 8日 (月)

Concordia Military Societyあるといいな

現在の財務省の地にあったというConcordiaであるが現在残っている写真の宮殿風建物は、1890年に再モデリングされたものである。Scan10106
最初は軍人のコーヒーショップであったものがクラブハウスの必要性が感じられ1836年に初めて軍人専用のクラブハウスが建てられた。 ハーモニーのクラブハウスは既にあり世紀末まで時代はゴールデンエイジで毎夜パーティ、祭りで賑わった。のち独立後インドネシア共和国の国会として使われていたそうであるが1960年代に現在のDPRが完成したあと不要となったこの建物は取り壊された。
Heritage Societyのある文章に
  You will notice the classicist palace in front of the new department of foreign affairs .this was built in order to replace the former residence of the commander in chief とあったので新財務省に行ったのであるが、ここで言うClassicist palaceとは現在のパンチャシラ記念館で、新財務省とパンチャシラ記念館には現在ボロブドールホテルがあり新財務省ビルの前と言うのはこのホテルがないときの表現であろうか。
と、書いたが良く見ると新財務省でなく、新外務省でした。パンチャシラの裏に立って写真を邪魔するあの高いビルのことですね。

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2008年12月 7日 (日)

バクリー・コングロマリットのアクロバット

一寸目を離していた間にバクリーの巨額の資金ショート問題が解決したとのニュースが出たが、どう解決したのか一寸素人にはわかり難い。もともとこのブミなる会社も一寸眼を離していた間にあのKPCとArutminを買収していたのだ。一寸前にはバクリーマン・ブラザースと揶揄しつつ不気味さを感じていたのであるが、しかもこの金融危機のなかトリッキーすぎる解決だ。誰に損害を与えることなく解決したわけでインドネシアを見直すべきだろう。
グループは7大事業部門、①つは石炭(ブミ)、②に石油・ガス(Energi 362バーレルに換算される埋蔵)、③ アグリ(スマトラプランテーション88,000Haのパームオイルと18,800haのゴム)、④通信(テレコム4.5百万の会員とテレビ)、⑤不動産(Bakrieland 53Ha)、⑥スティール、⑦インフラ(高速、発電)を持つ複合企業であるが珍しく金融部門はもたない。健全といえるかもしれない。且つ輸出市場と国内市場をインドネシア国内に基盤を置いて運営する。

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2008年12月 6日 (土)

Perpustakaan Nasional国立図書館

サレンバの陸協の袂に一寸変わった建物がある。Pendopoみたいな形で白い柱が目に飛び込んでくる。Singapore_juanda_021
この大理石の床に寝転べば気持ちが良さそうであるが中に入ったことはない。ここは国立図書館で 隣に9階建てのビルもある。
図書館としてはオランダ時代も早くから1778年ごろからBataviaasch Genootschapとしてあり、1950年まではあったが、独立後は共和国の図書館は国立博物館や独立宣言文起草記念館(前田海軍武官府)とか4ケ所に分かれていた。1980年にダウドユスフ大臣が編成し、イブチエンが現在の土地を寄付し1989年にお披露目となったのがこの図書館である。この土地はそれ以前はオランダの中学校(Gymnasium Koenig Willem III 土着の人はKewedriと呼んだ)があった場所との事である。

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2008年12月 5日 (金)

11月の投資環境ニュース

12月 序で
*  アルカイダナンバー2、アイマン・ザワヒリ、テロ犯処刑に報復決意表明
*  不法滞在外人狩り、膨大な必要許認可のチェック手入れ  問題提起で延期か
*  4百万の公務員の半分は未だ不適確。公務サービス調査。
*  ルピア安値 7年来の底から抜け出せず、最低に向かうのか
*  Munir殺害事件、元BIN副長官Muchdiを15年懲役判決でやっと終了。
*  首都空港高速道路の冠水対策車線(8km)が完成、試験的通行開始
11月
*  ポルノ規制法、紆余曲折の末国会で成立、コタでは既に踊り子逮捕、イスラムパワー増大懸念
*  バリ・テロ実行犯の死刑執行、各地で爆弾予告電話騒ぎ頻発
*  アセアン憲章成立、アセアン共同体へ
*  産業用部品等輸入関税免除へ:経済危機対策で経済調整相筋。
*  為替管理モニター強化、10万ドル以上の外貨購入制限、1万ドル超はNPWP保有義務
*  ヤマハ・モーター・カラワンの生産拡張を完了。年産87万台→157.8万台に。
*  キャセイパシフィック航空、スラバヤ~香港便を増便、週6便に。
*  EUがイ航空会社の欧州への乗り入れ禁止の継続決定:イ運輸相
*  日本スーパー、輸入問題で日本食品没収・半閉鎖状態、年末にはアルコール無しの街へ

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2008年12月 4日 (木)

財務省辺りウォーターループレイン

ボロブドールホテルの先と言うか裏というか、昔の財務省はダーンデルス宮殿であるのでわかりやすいが、その横に当たるところに現在の財務省がある。Departemen_keuangan_baru_08_061
ダーンデルス宮殿の方は昔、ラディウス・プラウイロ調整大臣が居られたので、経済調整大臣庁となっているはずである。この新財務省辺りは昔ウォターループレインの端に当たる。ここに何かあるのではないかと行って見たが、昔を偲ぶよすがは何もなかった。昔オランダの海軍軍人クラブ コンコルディア クラブがあった所であることは頭にあったのであるが、訪問した日は日曜日であったので、尋ねた人は皆キョトンとしていた。 一国の大蔵省でありながら、何の審査もなく中庭に入れたのには一寸拍子抜けがした。最初の新財務省のビルの前面、周囲に大きなビルが増築されていたが中庭の駐車場は広かった。大したものである。

追:コンコルディア・クラブの所在場所は相当資料で探し回ったが最終的に2017年10月に、旧財務所のマラミス会館IIとかワヒディン会館の所にあったことを解明できた。

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2008年12月 3日 (水)

ジャカルタの空と日本の空

ジャカルタでは11月下旬は晴天続きであった。Pekojan_nov_30_08_009
帰国前の週末に2回のゴルフも降られず、むしろ乾季で焼けどしそうであった。ビルの上から取った写真もジャカルタの遠くまで見通せる。友人の話だと気圧の変化の時で高気圧が張り出しているとの事であった。夕方少し降ってもそれは夕立ですぐ晴れに戻る天気である。日曜日のガルーダはデンパサールから日本に戻る人々も居たが、圧倒的にインドネシア人が多い状態であった。狭い座席で老イ婦人の横でパンを齧りながらビンタンを飲んだが、贅沢も押えて何となく落ち着いたフライトであった。成田の空は一段と澄んでおり秋景色の紅葉の一枚一枚、瓦の一つ一つがハッキリするほどのもので流石だと感じたことだった。

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2008年12月 2日 (火)

Aneka TambangとInco

国営PT Aneka Tambang Tbk(Antam)のフェロニッケルの2009年の生産は今年の17,000の見込みから11,500トン程度と4割近くも減少する恐れが出ている。世界的需要の減退で価格は更に下がる見込みで生産カットが手段として取られる。又コスト引き下げのため150 MWの石炭火力発電を建設するという発表があった。
ニッケルはその65%がステンレス製鋼用に消費される。その他、ニッケルメッキ、水素やカドミウム蓄電池等の二次電池の正極或いは、チタンとニッケルの1:1の合金は最も一般的な形状記憶合金となる。レアメタルとしてバブル価格を形成していた。
インドネシアではAntamが南スラウエシ・北マルクでニッケル鉱を保有、一部自社精錬でフェロニッケルを生産、ニッケル鉱石は殆ど輸出(日本はその半分弱か)し、全てステンレス製鋼用となる。一方Inco社はスラウエシ・ソロアコ鉱山で採鉱し中間品のニッケルコバルトマットなどを生産して こちらも2割りは対日輸出に回っている。住友金属鉱山がIncoの20%保有している。Antam社は世界第4位の生産会社で世界最大は1位ロシアのノリリスク社、2位はカナダのインコ社であるが、インコ社はブラジルのVale do Rio Doseも買収された。3位豪州BHPビリトン社である。

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2008年12月 1日 (月)

月刊誌「インドネシア企業経営」11月号

インドネシアの会計・税務・輸出入手続き等下記の記事の11月号($100/月)が発売中である。詳しくは下の住所に或いはメールアドレスrisa@indomalco.com又はk2433@attglobal.netに照会下さい。

インドネシアの 今月の税務法令アップデート
インドネシアの 今月の経済法令アップデート  
インドネシアの 会計原則 114(リース会計 2007改訂 3)
インドネシアの 所得税優遇措置の申請手順
インドネシアの 通関申告手順
インドネシアの 2007年新会社法における取締役の責任範囲
インドネシアの 外国人の転居届け
インドネシアの 源泉徴収票と期間申告新フォーム
インドネシアの 電器・衣料・食品等の輸入規制
インドネシアの 経理規定
インドネシアの 今月の労働関連トピックス
インドネシアの 税務苦情 公式受付機関
インドネシアの 危険物・有毒物でない廃棄物の輸入規制
インドネシアの 公認鑑定士
インドネシアの 輸入食品の登録
インドネシアの 08年5月新経済パッケージ~アセアン共同体編
2008年10月度 下旬 政治・経済トピックス
2008年11月度 上・中旬 政治・経済トピックス
08年Q3経済調整率速報、物価・貿易統計08年11月発表
橋本政彦 「明日の街角35~さいむらいの月、11月に」 
西見恭平 「バンドンのオランダの建築遺産1~建築家」
今月の月次経済指標 2007-2008トレンド
今月の会計・税務用換算レート
今月の為替株式金利の動き

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