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2008年12月17日 (水)

ナスチオン元帥の記念館

メンテンのトゥク・ウマール通り40番地はナスチオン元帥の自宅であった。Nastion_108
余り知られてないこの住宅は小生の自慢の種であったが先日、ナスチオン記念館として一般公開されることとなった。何度かこの前の通りを通って建築中を見たたが何時ぞやは写真を撮ろうとすると守衛のチンピラに止められたことがある。
ナスチオン元帥は9.30事件で襲撃された11人の中のトップであるが、銃撃の中隣のイラク大使館に塀を乗り越え逃げ込み一命を取り止めた。その時、人違いの部下と5歳のイルマちゃんが銃撃に当たりなくなってしまった。イルマちゃんの話は中学生の歴史にもちゃんと登場させている。ジャカルタで襲撃され殺害された将官は7名(一人は大尉)いるがその中のトップのヤニ陸軍参謀長の家は同じメンテンで、はずれのRatuharhariにありこれも早くから博物館になっている。ヤニ将軍は死亡後昇格し大将になっているがナスチオンはスハルトの慰撫で元帥となっている。元帥Genderal Besarはナスチオンの他、スハルト、スデルマンの3人であるがスドモ海軍大将もそうなったかも知れない。ゲシュタプの時はスハルトがKostradの少将で、ナスチオンが国軍司令官でトップであったが、事件の展開でナスチオン自身が国民方議会議長としてスハルトを大統領に任命する羽目となった。スマトラ出身のナスチオンはジャワのスカルノとの折り合いも悪く、スハルトとも確執が長く続いた。
とはいえ入館料は無料で博物館自体も多分ご遺族の寄付で出来たのであろう。

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