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2009年2月25日 (水)

タンゲランのカントリーハウス

1月末頃、タンゲランからジャカルタに戻るときタンゲランのKota Cinaから南下したが、運転手が道に間違いいつの間にかチサダネ河を越えておりイマム・ボンジョール通りを下ることになったが、そこのトック・ウマル通りに左折する所に一寸興味を引く古い建物が目に付いた。Minggu_040
まさに道路に面している所で、僕の趣味を知っている筈の運ちゃんが行き過ぎるのを慌てて止めて取った写真がこれである。
道端でカキリマを引く果物売りに場所や名前をやっとのことで聞き出してメモしていたのであるが、真偽に疑問もあったためうっかりなくしてしまっていた。今日何気なくナビゲートしていたらMy Odysseyにこの記述があるのを見つけた。時期も同じ頃、興味を同じくした感慨があったが彼の調査は徹底している。それによるとこの建物は大きなコンプレックスの一つになっており、主たる建物はどうも裏手に当るチサダネ河にあるようだ。写真の方は18世紀末のインディッシェ・スタイルでオランダ風建築にジャワのデザインを加え、熱帯の気候に適した形式を取っている。大きな屋根とオープンギャラリーがそれである。柱はトスカーナ式である。オランダスタイルは2階建てであるが、これは1階建てである。19世紀、この当たりはゴムのプランテーションが盛んであり、この住宅は中国人の地主のもので、現在はその子孫が地元の人に住んでもらっているとの事である。
昔パルメラーにRumah Jepanと言うカントリーハウスがあったことをHeuken氏が記しているが、同じインディッシェ・スタイルの唯一の遺産である。この発見の偶然性には続きがある。

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