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2009年2月28日 (土)

タンゲランの中国人大邸宅の解体

これもいつか行けると思って念の為取っていたJakarta Postの記事の「Unprotected Chinese, Indisch buildings razed in Tangerang」の話である。Sp02c_tangerang
掲げたJakarta Postの写真は中国建物であるが、これが二日前のMy Burogの続きである。記事によると
カラワチ地区でチサダネ河の川岸にあるこの建物は100年以上前のもので、建築学的にも文化的に貴重な遺産であるとして保存を求める声もむなしく解体されつつある。この中国風の建物に面するインディッシェ・スタイルの建物も同じ運命を待っている。
現在のオーナーがこれを売却する話が進んでいるからである。土地が約220億ルピア、建物が7.5億で別々に売られている。 建物の方は土地の造成を担当する建築業者が買い取りバリ或いはポンドックグデーのコレクターに売ることで、その取り壊し部材をトラック3杯分既に運び出した。
この18世紀に建てられた建物は中国人の理事Oei Djie Sanが保有していたものでその子孫はタンゲランから去っている。ジャカルタの古文書館の保存に関わった建築家のBudi Lim氏は、保存するにもタンゲランは何の法的権限がない。このタンゲランの土地のお蔭で裕福になった人達はその土地にお返しをすべきだとぶちまけた。この記事は昨年7月のものであり、先のブログの通り小生が目にしたのはこの中国建物とコンプレックスを構成するIndische スタイルの建物であるので、あれから9ケ月も経つこの2月時点ではこれは残っているとことになる。保存の声が聞こえたのであろうか。Wikimapiaで上空から見ると確かについ最近までこの2haの緑深い中心にコの字とEの字が組み合ったようなコンプレックスが確認できる。通り過ぎたときは確かに後ろにあるはずの中国建物は見えなかった。今度写真をとりに行っても何もなくなっているだろうからJP誌の写真を借用した。5
河に面するメインの中国建物はmahandisyoanata氏の.multiply.com ブログで味わえる。

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