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2009年4月 7日 (火)

大司教ClaessensとStallも仲良くプラサスティに

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Caroli Claessensは1847年に同僚のJ.Lijnenと共にバタビアにやって来たカトリックの司祭である。1874年にバタビアの司教に任じられた。1年後大司教(Archbishop)となった。1893年までの彼の在職期間はカトリックがジャワの各地チレボン、ボゴール、マゲラン、マディウン、マランなどで盛んになった。彼の事績で大きいのは1890年に崩壊したバタビアのカセドラル教会の再建である。しかしながらこの再建が完成する前の1893年彼はこの世を去り後継者の手にゆだねられた。
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この後継者がMonsignor Wakterys Jacobus Stall である。彼は1839年オランダ・アルンハイムの近くで生まれ、1875年バンカの父親を助ける為にやって来てバンカでの10年は、中国人社会の為に献身した。又カリマンタンのシンカワンで最初の牧師区を設置した。1893年に前任のClaessensの後を継ぎカセドラル再建を完成させた。彼は又ヌサンタラの各地、特に外島、バンカ、ヌサテンガラ、ケイ・アイウランド、ミナハサ、アンボンを旅し布教した。彼は1897年バンダに向かう船の上でなくなった。日本人には何の感興も沸かないが二人の墓がプラサスティ墓地公園にある。

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