« 責任重い世界トップ企業 トヨタ | トップページ | Hansipの実際、Siskamling »

2009年4月22日 (水)

最後のMajor Khoaw家の繁栄

Petamburanの墓地にひときわ大きなお墓がある。墓碑からKhoaw Kim An夫婦のものだと分かった。
Ssony_jan_31_018
Khoaw Kim An(1897年-1945年)は最後のバタビアの中国人社会のリーダーMajorで1910年から
1942年まで2回勤め、又 1921年から1931年まではVolksraadの議員でもあった。その住宅は現在のコタのCandra Naga一帯のコンプレックスであった大富豪である。Candra Nagaは18世紀にKim Anの祖父のKhouw Tian Sekがその3人の息子Khouw Tjeng Po,、Khouw Tjeng Tjoan、Khouw Tjeng Keeの為に建設したようであるが明確ではない。Khouw Tjeng TjoanがKim Anの父である。現在のCandra Nagaは小さい建物であるが、古い写真を見ると後ろに大きな建物が続いている。 3人が中庭続きの家に住んでいたようで、元の中国大使館やSMUN2の敷地を含めKhouwファミリーのものであった。
なにせKim Anには14(或いは40人とも)の妻たちと24人(?)の子供たちがおりここに100の部屋があったという。(再度このプタンブランのお墓を観察しなければならない)
1945年に死亡後この住宅はSin Ming Huiに寄贈され(或いは前面だけコミュニティのクラブとして使用に供じた。?)シンミンフイ新民会は住民福祉分野で活動し後のTarumanegara大学やSumbur Waras病院の建設と繋がっていった。Sin Ming Huiの会館即ちCandra Nagaは既にこのブログで取り上げたが、これが1992年にModern グループの手に渡りモデルン・グループはこの市指定保存史跡を覆いかぶさるような形で保存できるようにしてアパートを建てた。金融危機で長く放置されていたが既にアパートは完成している。
Kim Anは日本が占領したあと強制収容所に収容され、1945年にどうも収容所で亡くなったようであるがそれがそうなら、プタンブランの墓地の日本人墓地の春・秋の供養祭のとき、参集した日本人はこの大きなKim Anのお墓に目礼くらいすべきかなと思った次第。

|

« 責任重い世界トップ企業 トヨタ | トップページ | Hansipの実際、Siskamling »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 最後のMajor Khoaw家の繁栄:

» 住宅 ローン控除 [住宅 ローン控除]
住宅 ローン控除の情報をお伝えします。以外に知られていない事がたくさんあると思います。きっと発見があるはずです。 [続きを読む]

受信: 2009年4月23日 (木) 11時44分

« 責任重い世界トップ企業 トヨタ | トップページ | Hansipの実際、Siskamling »