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2009年4月10日 (金)

ポンドク・グデー・モールの謂われ

Pondok_gede_040
ポンドック・グデーとはジャカルタ南東部の交通の要所でチカンペック高速にその名前の料金所があるのでここから近いはずであるが、小生はミニ・インドネシア公園の所からパンチャシラ・サクティ公園に向かう道を行く方が楽しいドライブになる。途中ハリムゴルフ場の裏手に当るところまでもう渋滞であるがそれほどの距離ではない。この道こそポンドク・グデーラヤと言う道路名となっているのでこちらの方が正道であろう。ポンドク・グデーとは大きな家の意味で昔それこそ大きな作りのカントリーハウスがあったところで、1980年代初めまで建っていたはずであるが現在はショッピングモールと近郊バスターミナルが同居する雑踏地である。Heukenの案内ではパンチャシラ・サクティの前の道(ポンドク・グデーラヤ通り)をポンドク・グデーに向かって進むと右に急角度で曲がるところにその家はあったようであるが、現在は急角度に曲がる地点は判らず その一帯が将棋の駒の形をした大きな左周りのサークルでその内部にモールがいくつも立て込んでいる形となっている。Taman_pondok_gede_046
近くにTaman Pondok Gedeと言う入り口を見過ごしたので或いはと思うが。。。ポンドク・グデーは1775年にプロテスタントの理事官Johannes Hooymanが建設した巨大な屋根の家で写真で見ると幅50メートル見当である。1800年代には国立文書館も手にしたLeendert Mieroの手に渡ったようで彼の墓があったと述べているがやはり確認に再度行くべきであろうか Pancasila_sakti_026
その巨大屋根の面影はパンチャシラサクテイ博物館に見ることが出来ると勝手に思っている。

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インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

I have on YouTube some photo's which my father took a hundred years ago in Indonesia, amongst others of the grave of Leendert Miero who you refer to on your site.

投稿: Michael Rogge | 2009年5月25日 (月) 01時08分

Thank you your comment and waiting your father's taking foto. Mr. Miero has been owner of pondok Gude which demolished early 1980. He is a slave/ of de klerk and finaly revenge his master later.

Still exist his grave near Pondok Gude???

投稿: jakartan | 2009年6月 1日 (月) 17時22分

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