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2009年4月19日 (日)

Toa sei bioと土地公

PancoranからCideng運河を上っていくと左手に龍が踊る中国寺院の屋根が見える。これが多分Toa Sei Bioなるお寺だと確信し、正面に回ると丁度St.Maria Fatimah教会の前辺りのようでSglodok_058
其処に河西宮なる小さな祠がありその奥にその同じ屋根があったので、てっきりそうだと紹介した(1/8)ことがあった。数ケ月後、訪れてその河西宮の横の小道を奥を100メートルも入っていくもToa Sei Bioには忽然と消えて、其処には二つの祠があるだけだった。河西宮と書いたが宮とは書かれてなく河西への門であり門の上が例の同じ龍が踊っていただけであること、又其処は正面に回った積りであったが135度ほど回っただけであることが判った。今度いつか又行き Fatimah教会からますこし先にあるだろうToa Sei Bioを見つけねばならない。Pluit_060
しかし此処で見た小さな祠 三つは、今日サーフイングで台湾に多く祭られる「土地公」の祭壇であることがわかった。真ん中の祠には土地伯神位なる文字が刻まれている。横浜の関帝廟のウェブによるとこれは福徳正神の俗称で、中国古代の原始的な農耕社会から生まれた自然神の地神であり、五穀の豊饒または、蓄財祈願の信仰に基づいてできたものだそうだ。又土地公は複数の神明であり、その土地で生前に功徳があった死者の内から玉皇上帝が神明として任命するとある。Pluit_058
他で眼にすることのなかった土地公がここに三つもあることはここには功徳を積んだチナの富裕が3人もいたことになろうか インドネシア語では土地公はDewa Bumiと言うが、祠の下の方に「誰でも賽銭など盗むとDewa Bumiの神霊により災害、混乱、病魔ののろいがあるだろう」と判(誤?)読される文字が彫られていた。プリブミへの警告だろうか

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