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2009年6月25日 (木)

これも大発見のBenconの墓

Benconとはバタビア中国社会の最初のカピタンである。総督クーンがバンタン・イギリスを駆逐してバタビアを宣言した1619年の早くも10月11日に指名したもので、その伝記は昨年9月7日にブログした。Amay_09_batavia2_048
シオン教会からパンゲラン・ジャヤカルタをグヌン・サハリに向かって走る道の少し道が右にカーブする所の小さなGang Tarunaを見つけられず諦めたが今回はゆっくり1軒1軒確かめて人に尋ねたところが入口だった。貧しい中国人などが住む暗くて臭い家の間を50メートルほど中に入り右に折れるところにその墓はあった。Abencon_may_09_batavia2_044
墓銘は左がオランダ語、真ん中中国名、右はオリジナルの中国語のようである。写真を拡大してみたところ左の下にKhouw Kim Anとの名前が読めたがこれは小生の大発見である。 BenconことSouw Beng Kongは最初のカピタンで1644年になくなったが、Khouw Kim Anはこのバタビア中国の最後のカピタンなのである。これもつい4月22日のブログで紹介したが、Heuken の記述にはBenconの墓は1909年に発見され1929年に中国ビジネスマンにより修理されたとのみ書かれている。
Khoaw Kim Anは1897年生まれで1910年から1942年までKapitan(Mayor)を2回勤め、又 1921年から1931年まではVolksraadの議員で、1945年に日本軍に囚われ亡くなっている。

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