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2009年6月 1日 (月)

バタビア城の砦と今

5月25日のブログでバタビア城の4っの砦の名前を一番右端南が1. Diamant、時計回りに2. Saffier、3. Robin、4. Paarelと記述したが、この参照にした地図は昔、ジャカルタ歴史博物館で入手したものであるが、どうもインドネシア語が入っておりインドネシア人が手書きしたもののようで間違いであることを発見した。一つはイギリス人のJoyce Goldが書いた地図が「Old Jakarta」と言う本に収録されているがこれによるとダイヤモンドは左端南で時計と逆回りであり且つ2番目と3番目が入れ替わっている。そうすると4番目はLookout Towerに面することになり、Heuken氏のLookout TowerはPearl砦に面していたという著述と一致する。こんなことまで詮議しないといけないとは本当に難儀なことだ。このバタビア城はRachの絵から、昔造船所、今VOCカフェの対面であることを発見したが、Alingkar_batavia_m1y3109_039
その地区は地図を見るとJl.Tongkolの地区であり、これまたHeuken氏の著作には明瞭にTongkelと説明がしてあり、小生の発見するまでもなかった。それでJl.Tongkelに出向いたがこの道はLookout Towerから歴史博物館に向かって斜めに曲がりながら其の正面のJl.Cengkehにつながる所までの曲線の約400メートル弱の将に其の道はお城のPearl砦からRuby砦の真ん中寄りを結ぶ曲線のようである。詰め所とか砦とか簡単に書いたが、英文ではBastionで要塞と訂正しよう。Alingkar_batavia_m1y3109_045

Tongkolの入り口の辺りと終わりの辺り(高速及び鉄道線路がある。遠くの白い建物はバタビア・ホテル)の写真をのせた。面影はなにもない。

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