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2009年6月 2日 (火)

Rachの時代の浮世絵

Rachがバタビアで大胆な遠近法で風景画を描いていた1700年後半は日本でも浮世絵に浮き絵という遠近法が取り入れられた。 15世紀イタリアで生まれた遠近法理論は、やがてヨーロッパ全土に伝わり、18世紀の江戸時代にはオランダを介して日本にも伝わったのである。そも浮世絵は西鶴の『好色一代男』(1682)の挿絵を最初のものとされているが、遠近法の芽ばえは早くも1745年頃、奥村政信が「芝居狂言舞台見世大浮絵」を描き、1750年代後半頃、円山応挙の眼鏡絵(浮絵と同じ)が、更に1770年頃歌川豊春が 「浮絵浅草仁王門」や「浮絵駿河町呉服屋図」を作成、浮絵時代を現出した。浮き絵は又へこみ絵(くぼみ絵)と呼ばれた。日本には、直線的に建物や道路が整然とした景観をつくっているような風景は少ないので、浮絵には、芝居小屋など広い屋内の様子が描かれることが多かった。その他に 司馬江漢の作とされる東海道五十参次画帖は、数学的遠近法の理にかなったものといわれ、葛飾北斎の神奈川沖浪裏、歌川広重の東海道53次も浮き絵の代表作である。
海外へ流出した浮世絵は20万点以上もあると言われるが。それはそれだけ絵師や版元が安価に大衆に提供したからであり、明治時代以降、日本が浮世絵を軽視したからでもある。未だ日本には其の数倍の作品があるそうだからホットする。こうして流出した浮世絵は19世紀の後半にパリで、モネらによる印象派の運動が起こると、高く評価され、その作品に影響を与えジャポニズムを生み出し、アールヌーボーに繋がるわけである。

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