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2009年6月22日 (月)

北の砦ZeeburgとGroningen 新観光スポット

昨日登場させた、プラサスティのポルチコ・ホールの墓名版に出ていたBollanが立てたであろう倉庫を見つけた。Pluitからこのスンダクラパに出てくると正面に大きなアパート(Mitra Bahari Apartmen)が見えてくる。
ここは昔のパッサール・イカンの奥まった外れに位置するので何かあるはずだとこのアパートの裏手(海と思われる地域)に回ってみた。Alingkar_batavia_jun_609_030
少しスンダクラパの方向を覗き込みながら進むと崩れた壁の一角から大きな倉庫群が見えた。なんと其処は海洋博物館の西のはずれが見えるのでオランダ城壁都市の北の砦Zeeburgであった。とするとさっきアパートの横を入ってきたその入口辺りはこれまた西北の砦Groningenに当たる。そのような解説は何処にも見つからないが小生が見つけた新しい観光スポットとなる。このBolanが建てた場所にある倉庫は西端倉庫(Westzijdsche Pakhuizen)と呼ばれたがその背中側がバタビアの城壁となり更にその向こうにはパッサールイカンの方からの運河(海の侵入部)がある。その向こうがLuar Batang地区である。この倉庫の右側には同方向に並ぶ四つの倉庫の2連がある。その間は低地となっているのか300年来水が引いた事もないような沼地となっている。こんな所にどのような人が住み着いたのか知らないが、この沼地にボートを漕ぎ出す住民もいたり、或いは入口辺りでは道の半分をケバケバしく飾り立てた結婚式の会場を設置していた。A
何処から住み着いたのかと疑問が湧くのはつい最近1990年代央でも、この一帯は海洋博物館からこのアパートに掛けてこれら倉庫群以外は何もなく真っ黒な腐った土がごろごろしていた地であり、この倉庫の写真を除きまわりは開発されているのであった。

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