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2009年7月 8日 (水)

カリブサールはチリウン河 ガジャマダは逆行運河

カリブサールに流れて込む河はKrukut河であるが、大昔はチリウン河であったようだ。昔のマップを見ると東の方からピナンシアを越えパンチョランへ袋状の中国人町を包むように流れ込んで、カリブサールへ向かう。又当時のカリブサール辺りはうねうねと流れている。このチリウン河をクルクット河に変え、直線にした工事は大変であったであろうがそれは1650年頃までに完成しているようだ。
チリウン河はイスチクラル・モスクの辺りでガジャマダ方面とグヌン・サハリ方面に分かれているが、元々はパンチョランから南に下っていた。20世紀になってパンチョランとリンデテヴェス間は埋められたので、マジャパヒット方面に流れてきたチリウン河はリンデテヴェスの所で左裏側に流すことにしたようだ。そしてその西側を流れていたクルクット河にバタビア中心地を任す選手交替をしているようだ。
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このクルクット河は又カリブサールの直前のトコ・ティガでカリブサール方面とプルイット方面に分かれる。その間が、つまりカリブサール西側地区が、オランダが侵入してくる前のバンタン国領、ジャヤカルタであったのである。多分今のジャラン・コピ辺りにその領主、ウイジャヤカルタ皇子の居所があり、又その北、現在のVOCカフェ辺りにイギリスの商館がオランダのバタビア城に対峙する如くにあったのである。写真はカリブサールに流れ込む一寸手前のクルクット河。向うにマンデリ博物館の塔屋が見える。 6月16日のタンダバクティお寺前の河と同じで、匂い立つ汚濁であるが人間は恐る恐るでも見たがるもののようだ。何気なく探すとアルバムから出てきた。(精々1年前です)

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