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2009年7月27日 (月)

バタビア城址にたつ

もう1ケ月になるのか、6月20日に究極のノスタルギーとしてレストランSBBを紹介したが、今回行ってみて間違いなくそこの敷地が390年前のバタビア城であることを確信した。そこはスンダクラパからトンコル通りに入ってきて直ぐの所にあり、Alingkar_batavia_jun_609_054
最初の入り口から覗くとまったくの原っぱ、Alingkar_batavia_m1y3109_040
次の隙間から覗くと植樹がある。二つを写真で並べてみた。そして最後の入り口がレストランSBB :Seafood Bandar Bataviaであった。このレストランから中に入るとバタビア城跡に立つことができる。
陸軍の所有を経て現在は華人のアビディンとか言う人の所有らしい。バッググラウンドが判らないが、敷地面積は2.8haとか4haとかいう広さでなぜ華人の手に渡り、また何年も原っぱで放置されていのか不自然である。広さが前者ならここにあった城の大きさから計算があう。というのはお城はトンコル道路の上にかかっていたはずであるのでここがその半分、全体は200メートル四方だったと推定する。
ここのレストランまでは日本人は来ないだろうと言ってみたところ、パンダトラベルがシティーツアで引き連れてきているようだ。全席1,500人はOKで家族で昼飯を食べて子供が外の遊園地などで遊び半日コースの華人の憩いの場でもあった。

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