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2009年8月11日 (火)

Bidaracinaおどろおどろしい名前

Abidaracinaaug09_9
ハルヨノ通りからOTISTA通りに降りる左側の地区はBidaracinaと言う名前の地区である。或いはオティスタ通りを北上するチリウン河との間の地区である。Bidaraとは棗の意味であるが多分赤い実なのであろうか、これにチナが付くとdara(処女)或いはdarah(血)の意味が濃くなる。1740年の中国人虐殺でアンケ河が血に染まった話はあるが、この地区にもそのようなことが起こったのであろうか 少しこの地区はバタビアから離れすぎであり、それを言うなら文法的にはCina berdarahというべきだろう。確かにこの地区には中国人も多く住んでおり、教会も多く何人かの住人と声を交わしたが平和な感じをうけた。運転手はハルヨノからすぐ降りたところに連れてきたがここはなんとなく荒んで、血のチナに合う感じであるが、Otistaから中に入ったところはごらんの通りである。棗があったかどうかは気が付かなかった。

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