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2009年9月29日 (火)

ジャーディン・マセソンの英一番地

今回の日本滞在37日は、神の思し召しめしにより友人との外飲もなく、将に季節の夏のごとく慌ただしく過ぎて行った。
その期間に横浜開港150年の祭りもあったのであるが行けずじまいである。ジャカルタのブログが横浜に行くのはバタビアーオランダー開国とつながるからである。或いはアストラのウイリアムと慕情のウイリアムと香港ジャーディンのウイリアムでつながるからである。日本にもジャーデン・マセソンがやってくるが初代横浜支店長は創始者と同じウイリアムでウイリアム・ケズネック25歳である。彼はウイリアム・ジャーデンの姉の息子でケズネック家がジャーディン・マセソンのオーナーとなっている。開港は神奈川が約束であったが、幕府は出来るだけ離す為、大岡川の海よりの沼沢地のさびれた村を新開地とした。1859年の頃である。当時、異人はそこから25マイルまでしか出ることが出来ず、それが品川の六郷川迄であったが、白石一郎著の「異人館」では遠乗りに出向いたケズネック一行の話があり、港崎町から、吉田橋、戸部と横浜道を渡っていき東海道にでる様子が描かれ、帰途攘夷の侍に襲われるシーンがある。ジャーディンマセソン商会があったところは「英一番地」といわれ現在の山下町一番地である。シルク博物館や貿易センター前の日本初の外銀(ジャーディンのHSBC)の記念碑もあるそうだ。彼らは生糸貿易に従事し日本の生糸は良質で価格はヨーロッパの半額であっので相当儲からしたが、アヘンを持ち込まなかったのはまだ良心があったからであろう。

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