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2009年9月 8日 (火)

チリウン河の河口はスンダクラパではない

チリウン河については何度もブログに書いた。ボゴールの山奥から一気にジャカルタに向かい蛇行しながらイステクラルモスクに出てきて本流はグヌンサハリからコタ駅に向かいその裏側と通ってスンダクラパ港に出る。ところがこのスンダクラパの昔の写真を見て驚いたことがある。Sasundakelapa_dam
その当時パッサールイカンの島の右端(東端)は今のローダン通りの陸地とつながっているのである。それではここに流れた河はあのぺニシ船がつながれているスンダクラパの海に流れることはできない。そこで又見に行く羽目になったのである。パッサールイカンの島をつなぎスンダクラパ港を遮断していたのは現在では陸地でなく水量調整のダムである。Sasunda_kelapa_043
見に行った時はもう開かれてなくずっとしまったままのようにみえた。従いここに流れてきたチリウン河は左折されカリブサールを流れてきたクルクット河とぶつかりながらその流れに合流しパキン通りに沿う運河を流れ、プルイットのワドックあるいはその先の新パッサル・イカンの方の海に流れているようなのである。
ところがこのパキン通り沿い運河は新しいものであるので、また疑問はとけない。そこで昔のチリウン河河口の写真の別のものをさがしたところ、このパサールイカンは現在の海洋博物館との間は海で、そこに橋が架かり、チリウン河はその橋を越えてZeeburgの方にながれワドックの処で海に出るのである。何のことはないチリウン河の河口は昔も今も、ワドック方面ということになる。

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