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2009年9月10日 (木)

プロテスタントの慈善

ストリート・チルドレン問題はインドネシアだけの問題だけでなく全地球の問題であろう。一定のパイの中では落伍したままの民族はほとんど永久に救えない。行き過ぎた貧富の格差の解消には強制徴収しかないと論じたが、これでは強制免罪符だなと思い当たった。Zhu Chiの教えは善行を行える機会を感謝するとあるがこれも自分を救う願望が隠した人もいるだろう。そこに偽善といやしい動機があると見た当時のカトリックの堕落を攻撃したのがルターであった。
プロテスタントの信条は、人間は弱い存在で、善行をしたからと言って自らを救うことはできない。 キリストのみが人間を救えるとして聖書をキリストの物語としてそれだけを祈るものである。 慈善そのものはを否定することはないが、施しはキリストの贖いの死を感謝する心であるとする内面重視である。
信徒でないとこの心境には到達できないがプロテスタントは大乗仏教に、親鸞に通じるところがあるようだ。南無阿弥陀仏とは神だけに帰依する、信じることだからである。Samesdjid_luar_batan_046
愛はその前の当たり前のこころなのであろう。相手をいやしむ必要も努力しないからだと導く必要もない。 写真はインドネシア式施しに群がる子供たち。

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