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2009年9月13日 (日)

中国系インドネシア人の国技バドミントン

インドネシアの国技とも言われるバドミントンであるが、それには中国系インドネシア人の選手が活躍した歴史は有名である。過去名前を成した選手には下記の人たちがいる。
Saistora_senayan3
Rudy Hartono,
Christian Hadinata
Liem Swie King,
Susi Susanti,
Alan Budikusuma,
Tjun Tjun,
Johan Wahjudi,
Ade Chandra,
Tan Joe Hok,
Ivana Lie,
Verawaty,
Ardy Wiranata 1992銀メダル,
Heryanto Arbi.
インドネシアはトーマス杯では圧倒的な記録を残している。トーマス杯は2年に1回であるが1957年から1984年まで8回(中2回中国とマレーシアがはいる)と1994年から2005年までに5回優勝している。小生が初めて名前を聞いたのはRudy Hartonoで67年から82年に4回優勝をもたらしている。この辺りが黄金期でChristian Hadinata、Liem Swie King,などもいた。Hartonoは 72年のオリンピックで優勝しているがこのときはデモンストレーションであった。正式種目になったのは1992年バルセローナでこの時Alan BudikusumaとSusi Susantiが男女二つの金メダルをもたらしこれがインドネシア最初の金メダルだったことで国中が沸いた記憶がある。二人のそのあと恋を成就させた。 しかし全てが中国人ではなく、世界殿堂に入っているインドネシア人は10人で上記5人が中華系であるが、残り5人はブミ系である。その中で最も有名な選手は2004年オリンピック優勝のTaufik Hidayatであろう。写真は逆行のスナヤンにあるバドミントンの国際競技場である。ミュージアムも兼ねているそうだから又見に行こう。(と書いたが写真は捜索中 Istora Senayan で仮借用)

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