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2009年10月13日 (火)

Groote Boomは何れに

古い史跡の書物を漁ると二つのGroote Boomに行き当たる。
Heuken氏によるとチリウン河の西側でjakartafishport.comによるとスンダクラパのパサル・イカンの対岸の海寄りとなっている。海寄りは疑問があるがパサル・イカンの東側対岸にもあったことは事実である。チリウン河・カリブサールの東と西で間違いではないかとおもったが、こういう事はよくあることで歴史の長さを考えると移動もあるわけで不思議でも何でもない。Aavoc
西側にあるのは造船所の南、あのつり橋(あるいはホテル・バタビア)から言えば高速越えた北にAnkerwerfという船の錨の置き場倉庫があったそうであるが、これが1834年にGroote Boomとなった。そしてこれは更に1852年に東側に移り、最後は1886年タンジュンプリオク開港でタンジュンプリオクに移ったものである。Boomとは木材を意味し、港の船着き場を思い出すとイメージがわく。更に飛躍してこれは税関事務所の意味なのである。Grooteは大きいという意味なので小さい船着き場Kleine Boomもあったことになる。最初のGroote Boomは多分この辺りと見当つけた1993年頃の写真を掲げた。CulemburgのLookout Towerから南300メートルに当たる。

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コメント

祖父が1935年から1940年頃まで造船所を棟梁として経営していました。
何かしら情報があれば知りたいと思います。

投稿: 宮尾研治 | 2013年3月15日 (金) 22時27分

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