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2009年10月20日 (火)

クライネ ブームとシュタット・ヘルベルグ

スンダクラパ近辺は歴史のいくつかの断面を残している。スンダクラパはCoconut Harborの意味であるがオランダ人にはHafenkanaal(Channel Harbor)と呼ばれる事もあったように沖合迄運河の港である。1613年にオランダの商館を海岸地を借用した時は将に海辺であった。ここに南から現在のカリブサールをチリウン河が流れてきて又東からもチリウン河が流れてきていた。この商館を城砦に変え、北の海岸地を埋め立て東からのチリウン河を城砦にぐるりとめぐらせていた。北側にWaterpoort(水門ゲート)が設けられていた。両方のチリウン河がここスンダクラパに流れる直前にはどちらも吊り橋がかかり一つは現在も吊り橋として残されているが一つはローダン通りで気がつかないうちに過ぎる。
Aasunda_kelapa_044
ローダン通りを現在のペニシ船が係留しているスンダクラパ港に入る入場門のあたりにKleine BoomというのとGroote Boomというのがあった。Kleine Boomは旅行者の上陸地点でGroote Boomが貨物の陸揚げ地点であった。上陸・陸揚げイクオール通関である。Kleine Boomを上がるとそこには馬車がつながれたいわば旅荘がある。市が保有するものでCity-Inn(Stadtherberg)と呼ばれた立派なものである。

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