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2009年10月22日 (木)

スロパチとスノパチ

スロパチとスノパチは良く間違われる。スロパチはメンテンの中央の公園の名前になっているがAajun07_soenopai_kbaru_012
スノパチはクバヨランの北東の道路名になったいる。そこにスノパチ薬局もありこちらのほうが有名かもしれない。
スノパティはジョクジャの東南コタグデ出身、超自然的な能力で知られたマタラム王国の建国者であるが伝説では瞑想中にロロキドゥルと言う南海の女王に海の世界に連れられ夢のような日々を過ごし、マタラム王国の庇護を得たという伝説めいた世界にある。15世紀から16世紀はジャワではワリソンゴのイスラム布教も進み、ヒンドゥーのマジャパヒット王国もハヤム・ウルック王の死後衰亡、ムスリムの代官達は独立した領主のように割拠する中、ストーウィジョヨ(その称号でパネンパハン)がドゥマク、パジャン、クディイリを支配しマタラム国を建国した。このパネンパハンこそスノパティである。父はパジャン国の王の部下キヤイ・パマナハンである。
南海の女王はデウィ・ラトナ・スウィディが化身した存在だと言われる。ラトナ・スィディは西ジャワのパジャジャラン王朝の王女で、ムンディンサリ王の娘である。今でも王家人々が海に贈り物をするラブハン(Labuhan)と呼ばれる儀式が毎年、ジョグジャの南、パランクスモの海岸で行われる。年代は第3代マタラム王スルタンアグンの即位年の1613年から推定するしかない。

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