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2009年10月19日 (月)

あと一人のジャガタラお春

ジャカルタ歴史博物館の2階にある一つの古い剣がある。
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パンフレットによると長さは1.1メーター、重さは4kg、正義の剣として最初に使用されたのは、クーン総督がPieter de Cortenhoopと言う若い兵士に対しこの博物館の前庭でこの剣で死刑を下した時の剣である。とのみ記載されている。
実は彼はJacques Specxという平戸商館長が日本の女性との間に生まれた娘の12歳のSarahと体の関係がもったからである。Specxはバタビア総督に栄転するのであるが、一時オランダへ帰国しなければならなかった時、サラを先にバタビアのクーン総督に預けた。その時この青年はクーン総督の自宅に預かられていたサラと恋に陥り、クーン総督の厳しい怒りを買い市庁舎前広場でこの剣で処刑されたのである。サラも同じく鞭打ちの刑を受けたがその後赴任してきたSpecx総督に保護され、ドイツ人の司教と結婚できたが、台湾に移りそこで36歳の一生を閉じている。 何が正義か分からないが、怒りに任せ二人を絞首刑にするところ、裁判長のなだめから裁判にした結果の死刑である処が正義(公正)なのであろう。青年にとって結果は同じであるが。。


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