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2009年11月28日 (土)

消えたノスタルジー:チキニのトリオ

前回帰国の1日前、チキニの日本料理店 菊川に寄った。会社を出たのが9時過ぎでなんとなく足が向いたのであるが、閉店直前ながら日本人の3人の昔話が長引いいており小生も夕食にあり付けた。Aa2009_1127_193927dsc09007
この菊川の前を出て高架鉄道の前を右に曲がるとそこににぎやかなローカルのレストランがある。この前ここに来てみたが、実はここに昔古いレストランがあったはずだとおもったからであるが、又そのあとここに付いて書いた書きものに出会った。コンパスの記事で西先輩が翻訳したものでそれでこれが確かに向かいのレストランのArt&Curioである事がわかった。 この記事ではトリオという名前の店もあったような事が書いてあり、昨日再度訪れてみたのであるが、それは又の名前で同じものである。多分隣で骨董品店を兼営していたのだろう。昔行った時の記憶では竹で編んだ壁で仕切った内装で食べたのは堅いステーキを鉄皿にカルトッフェルプレーで淵取りがしてあったと思う。その書きものの一部を引用すると
「1970年代、このレストランの客は野天の庭に置かれたテーブルで食事ができた。テーブルの上には、ろうそくや小さいランプのほの暗い灯りと、小さい花瓶に挿された一輪のばらが置かれていた。「ほとんど完璧なキャンドルライト・ディナー。ときどき電車の轟音付きだったわね。」チキニの鉄道線路からあまり遠くないレストランの昔をかの女は述懐する。
レストラン部分とは別に、その建物のもう一方の端にはアンチークや絵画の商品が飾られていた。残念なのはあの雰囲気がもう褪せてしまったこと。ほの暗いランプや従業員の制服はまだ同じでも、建物のテラスと庭は竹壁と石膏ボードで隔てられてしまった。四角いテーブルと四つの椅子は、丸テーブルと5~6脚の椅子に変わっている。」
ちょっと小Aa2009_1127_193608dsc09001
生が昔行ったのは上の引用文の述懐いしている80年台だったかも知れない。それから又20年以上たった今その店は人手に渡りナシ・ウドゥックの店になっている。内装に竹製の壁は今も残っているがもう昔のノスタルジ-は沸かない。聞いてみるとそこはもう売りに出されているが土地の名義が古すぎて昔のオランダ人の名前から変わってないようで上手く行ってないとのことだ。このローカル・レストランの名前ももう長くはないのではないかとさびしい気がした。この高架鉄道がなせるわざかもしれない。多くを泣かせるジャカルタの交通行政の一つである。写真はイドゥルハドハの日、なぜか休みであった。

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