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2009年12月17日 (木)

Tugu Panturaとは 北海岸物語

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北のVOC Cafeの裏、チリウン河沿いに記念碑がある。昔造船所があったところでチリウン河の対岸がバタビア城であった。そちらはパール砦であったが、ここから大砲が向けられていたこの地にはバンタン国のこの地の領主ウイジャヤカルタの領地で彼も砦を築き、又対抗上許したイギリスもここに砦を築いていた。ウイジャヤカルタ王の宮殿そのものはそこより数百メートル南の現在のジャラン・コピの辺りにあった。1996年に高速が建設された同時期にこの地のreclamation(干拓工事)とBulwarks(防波堤)建設が行われたがそれを記念したモニュメントである。物の本にはTugu Panturaと名図けられているがPanturaとはPartai Utaraの造語で北海岸の意味になる。
恨まれることもないと思うに何故かひどい落書きが施されており、碑文も写真に撮ったが判読できなかった。

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コメント

西見様

お久しぶりです。
相変わらずのご活躍ぶりを毎日拝読いたしております。
さて、16日付けのバチカン大使館のレポートで、日本大使館もモナスの周辺地にあったとありますが、ムルデカ・バラットの現福祉調整大臣府の建物に入っていたのは、戦前、蘭印時代の領事館です。
大使館が設立されたのは、1958年の日本-インドネシア平和条約締結後で、場所はメンテン地区です。
もう一つ、前から気になっていたのですが、PLNの本社ビルは、クバヨラン・バルのブロックMの近くです。
ムルデカ・チムールのPLNは、記念館のようなものではないでしょうか?
つまらないコメントで申し訳ありません。

投稿: 広沢 勉 | 2009年12月18日 (金) 00時09分

そうですね
蘭印じだいだから大使館ではないですね
PLNもクバヨランに大きな建物がありますね
現在は底が本体の本社ですね 写真といつか掲げます

投稿: jakartan | 2009年12月22日 (火) 23時59分

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