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2010年1月20日 (水)

インドネシア国会議事堂

ガトットスブロト通りからスリッピーに向かう手前でいつも目にする建物はインドネシア共和国のDPR/MPR議事堂である。現在DPR国会の議員は550名、MPR国民協議会は678名である。前面の広い庭には噴水がありそこにElemen Estetik (唯美の要素)となずけられてた記念彫刻が立つ。これは現在・過去・未来を象徴したものという。Aa
本議事堂の正面には広く長いオープン・エアーの石段が導く。総面積60haである。スカルノがアジアアフリカバンドン会議の10周年に新興国CONEFOの会議場として建設を命じ、Soejoedi Wirjoatmojo や Ir. Sutami のチームが設計した。 ガルーダが飛び立つ(着地する)姿をイメージしたという。時に1965年4月であり、ゲシュタプの混乱の中、完工は遅れ、スハルトにより建設は継続されたが、その時に目的がCONEFOからDPR/MPRに変更した。建物の名前はGrahatamaといったが現在はNusantara に変更されている。正面からばっちりとった写真があったはずであるが、紛失したようで、裏側の写真を掲げ、またの続報につなげたい。

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