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2010年2月24日 (水)

Chairil Anwarハイリル・アンワールの詩

Abmar21_019


以前から何度もお目にかかり気になる名前であった。発音が気に入ったか、45年世代のハイルル・サレーと混同していたのであろうか、彼も45年世代の文学者Sastrawan・詩人Penyairである。Angkatan Poedjangga Baru新文学世代である。代表作「Akuおれ」と言う詩はジャワの丁寧語を打ち破った詩Puisi、Sajakで、この詩こそ彼の若きエネルギッシュさと先鋭な性格を表したものである。ヌサンタラの夜明けと言う題で舟知 恵氏の翻訳した詩集の中から、東京外語大が紹介した本文と共に引用する。
Kalau sampai waktuku
'Ku mau tak seorang 'kan merayu
Tidak juga kau

Tak perlu sedu sedan itu

Aku ini binatang jalang
Dari kumpulannya terbuang

Biar peluru menembus kulitku
Aku tetap meradang menerjang

Luka dan bisa kubawa berlari
Berlari
Hingga hilang pedih peri

Dan aku akan lebih tidak perduli

Aku mau hidup seribu tahun lagi
もしおれの時がやって来ても
慰めてくれる者なぞ一人もいないってことは知っている
おまえでさえも

そんな啜り泣きも要らない!

このおれは群から見捨てられた
野生の獣だ

弾丸が皮を貫こうとままよ
止めずにおれは襲いかかる

傷と毒とを負っておれは走る
走る
痛みも叫びも失くなるまで

そしておれはもっと構わなくなる

おれはもう千年も生きるんだ。


1943年の作である。1922年メダン生まれの彼はこの激動の時代を急ぎ、1949年27歳で亡くなった。占領した日本を糾弾もした。亡くなった後やっと詩集が発刊され詩人Jassinは1956年彼を45年世代のパイオニアと評した。また2002年には大ヒットした映画 Ada apa dengan Cintaでこの詩が出てくる。或いはAntara Karawang dan Bekasiと言う作品は2007年賞を得ている。
Kami jang kini terbaring antara Krawang-Bekasi カラワンとブカシの間で今休む
Tidak bisa teriak "Merdeka" dan angkat sendjata lagiムルデカ!と叫ぶことができずまた武器を取ることも
Tapi siapakah jang tidak lagi mendengar deru kami 
terbajang kami madju dan berdegapだけど前へと飛翔する胸の高鳴りの、我々の怒涛を聞かないものはないだろう。
一人訳して青年の気分になる。

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