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2010年2月12日 (金)

バンク・インドネシア・タムリンの威圧感

傑作のバンク・インドネシア・タムリンを残したSilabanはSujudiより15年早い1912年生まれである。まだオランダの香りを吸いながらアムステルダムで建築を学んでいる。時はスカルノの絶頂時代で彼の命令で、モナス独立記念塔、インドネシア銀行本店、イステクラル・モスク、ボゴール農家大学等に携わった。(09年8月14日ブログ参照)
Abbi_thamrin


バンクインドネシアはインドネシアの伝統的デザインが生きたネオ・トラヂショナリズムで三つの積み木を互い違いに組み合わせたような5?階建ての建物で、1958年着工、1962年建築である。スハルト時代の1994年後ろに23階?建ての二つのタワーがあり、全体を調和した威圧感がある。このタワーはムナラSjafruddin Prawiranegaraとmenara Raduis Prawira.というそうである。スハルト失脚時代このタワーの一つの最上階あたりで火事を起こしたことがある。今でもその焼け跡のように見えるビルの頂上である。

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