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2010年2月20日 (土)

元パサール・パギのうれしい雑踏

パッサール・パギと言えばひと昔前はジャカルタで一番にぎわった商業地区のひとつだった。 今はさびれながらも皆、一生懸命あがいているようだ。というのもパッサール・パギはマンガドゥアに引っ越してしまったからである。Ab2009_1018_133014dsc08628


引っ越した後も再開発もなくそのまま残った人か又入り込んで来た人などが、店を出している。ここはカリ・ブサールの南端の昔のチャータードバンク(現在マンディリ銀行所有)の古い遺骸を突き抜ける道に沿ってあるTelepon Kotaという道に並行した道であるが、カリ・ブサールに向かう一方通行の道なので反対側から入り込むしかない。 一番わかりやすい道はジャラン・コピを抜けPekojan地区の古いランガム・チナの大きな店が残るPejagalanから左折してくるのがいい。 パッサールパギの中央に大きな中国装飾の5階建て位の立派なモールがあるが、今はさびれている。まっすぐカリブサールに抜ければいいものを、冒険的にこのモールの横の道に入り込んで進んだところが写真のあたりである。 狭い道で自動車は通常なら禁止の道であるが両側の密集する商店に集まる人々で引き返しもできず少しずつ進むしかなかったが、インドネシアでは怒られることは絶対ない。昨6月4日のブログにこのモールの写真は掲げた。地名は今でもPasar Pagiである。

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