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2010年2月25日 (木)

或いはのロシハン・アンワール

アンワールと言えば同じ文学界にロシハン・アンワール(アヌワル)がいる。生まれはハイリル・アンワールと一緒で1922年である。出生地も同じスマトラである。スマトラの名前だろうか。しかしあちらはメダンでこちらは西スマトラのミナンカバウ族で少し離れている。日本占領時は偶然にアジア・ラヤに勤めジャーナリストの道を進む結果となる。ムルデカ誌や自らのプドマン(指針)誌の主筆を勤めている。プドマンは最大の全国紙に育つが1961年地方反乱を支持した為、スカルノにより発禁処分を受ける。このPedomanはスハルト時代,再興後にも1974年発禁処分を受ける。最高権力に屈しない見本のような人だ。{シャフリル追想」を編纂し、また「ジャカルターブカシ戦線異常なし」、「嵐の前ののインドネシア」(Sebelum Prahara)などを執筆する。多くの貴重な時代背景の描写を残している。ジャカルタ・スラバヤ通りに隠居されている筈だ。

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