« 英国大使館の国章 | トップページ | Chairil Anwarハイリル・アンワールの詩 »

2010年2月23日 (火)

考古学者のStutterheimの墓も古色然

プラサスティ墓地公園にはまだ著名人がいる。著名かどうかは別にして伝記が一部でも明らかな人である。その一人Stutterhaimは学者である。
Abstutterheim_08aug_6


1882年にロッテルダムに生まれた。インドネシアの考古学を専門に研究した。
ユトレヒト大学で人文を学び1924年にオランダ政庁の考古学庁に勤務の傍ら、ソロやジョグジャのAMS(オランダ高等学校)の校長でもあった。或いは校長の傍らバリや中部ジャワ、東ジャワのヒンズーや仏教の寺院調査に没頭した。1943年に腫瘍でなくなったとある。その後、他の文献を待っていたがお目にかからなかった。お墓は奥の方のシナの美貌のダンサー・リボートの近くで、傾いたお墓には雨で粘土がお墓にかかって赤ずんでいる。

|

« 英国大使館の国章 | トップページ | Chairil Anwarハイリル・アンワールの詩 »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 考古学者のStutterheimの墓も古色然:

« 英国大使館の国章 | トップページ | Chairil Anwarハイリル・アンワールの詩 »