« スルタン・ハミッドの功罪 | トップページ | 地震弾性波探査は古い手法 »

2010年3月22日 (月)

Chairil Anwarの胸像

Chairil Anwarは45年世代のパイオニアの一人である。勝利の精神を生みだすペンの力でインドネシアを勝利へ導いた英雄である。代表作「Akuおれ」は1943年文化センターでのAngkatan Mudaの集会で発表された占領に反抗する詩ある。Krawang Bekasiと言う詩はインドネシア民衆の闘う精神を謳い、“Doa”と言う詩は神の偉大さを謳った。1946年仲間と”Gelanggang“(フォーラム)を設立しインドネシア民族の独立の声を集めた。彼は引きをとる直前まで”Cameron”と言う詩を詩作した
Ab_chirul_anwar_monas


彼の胸像がモナスに立っている。デポネゴロ像と同じ北側でブロンズで実際の2.5倍の高さである。製作はArsono、1986年である。モナスとデポネゴロとこの像の3っつの構成風景に何か打たれるものがある。基礎部分にKrawang BekasiとDiponegoroの詩が刻まれている。

|

« スルタン・ハミッドの功罪 | トップページ | 地震弾性波探査は古い手法 »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Chairil Anwarの胸像:

« スルタン・ハミッドの功罪 | トップページ | 地震弾性波探査は古い手法 »