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2010年3月 8日 (月)

文化宣言の面々

1963年8月台頭してくる共産党の脅威を前に文化で立ち向かう宣言であろうか、インドネシア民族の威信を持って自らの文化に誠実に創造の努力をするという宣言で13名の芸術家が集まり生まれたもので参加した芸術家はH.B.ヤシン、スーホックジン(アリフ・ブディマン)、ウイラトモ・スキト、ウスマル・イスマイル、グナワン・モハマッドがいる。
1964年3月には全インドネシア作家会議を開催、35の文化団体と450名の文化宣言署名者が集まった。
これに対する反対勢力にも大物がいる。プラプディアアナンタ・トゥールである。アリ・サストロアミジョヨも民族主義ながら共産党に近い。共産党分子は1964年5月にアメリカ映画ボイコットをぶち上げている。この反共産党活動に対しスカルノは5月文化宣言の活動を禁止することを決定、これにより共産党が勝利することになる。

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