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2010年3月15日 (月)

ムアラ・バルの魚市場

スンダ・クラパのパッサール・イカンが移った先はムアラ・バルと呼ばれている新ジャカルタ漁港である。Abaero3rsundakelapa_port


正式にはPelabuhan Perikanan Samudera Jakartaと言うらしいが、ここは日本が指導して作ってあげたものである。Jkt_fishing_port

新漁港の建設が持ち上がってきたのは1973年で日本のJICAが資金援助し、フイージビリティ・スタディから始まった。デザイン・監理はPCIが担当し実際の建設は1980年からで多分魚市場として操業できたのは1987年の頃だろう。それ以降もコールド・チェインやサニタリー・ファシリティのインフラが手掛けられた。埋め立てそのものまで日本の金かどうかは知らないが、そう大きなものではない。今日行って一回りしてみたが、まだ湾岸工事を二人の男が手掛けている姿を目にした。相当立て込んでおり排水のどぶ水に釣竿をを垂れているものもおり、ここの魚を食べる気にはならないだろう。折角行ったが魚を選別する倉庫は暗くてカメラを回すのも忘れた。

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