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2010年4月 1日 (木)

ガルーダの歴史の一コマ

ガルーダの歴史はインドネシアの輝ける独立の勝利と切り離せないとガルーダ機内誌の頁が誇らしげに伝える。
その歴史は1948年、スカルノ大統領がアチェにおいて航空機を購入する資金の集めの為経営者と民衆に呼び掛けたことから始まる。そうして購入したのがダグラスDC-3 ダコタ型で後に金の山を意味するSeulawahと名付けられた。
この飛行機は酷使されたため、12月7日には補修の為カルカッタに向かったが、補修も終わった1948年12月19日、本国ではオランダの第2次警察行動が行われ、結果帰国できなくなった。ほとぼりが冷めるまでビルマ政府にレンタルし、翌年帰国、スカルノがガルーダと命名し機体にGaruda Indonesia Airway字が躍った。1949年12月28日ハーグ条約署名の翌日、スカルノはこの飛行機でジョクジャカルタからジャカルタに凱旋した。歴史の一コマであるが知って得する話ではない。
今回のガルーダの機体は前回の新鋭機ではなく、映画も楽しめず残念だった。

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