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2010年6月13日 (日)

陸軍戦略予備軍 (KOSTRAD)

モナスのムルデカチムール通りの一番北、大統領宮殿を間近に、KOSTRADの本部が構えている。
Abkostrad_tr


このKostradの生みの親はナスチオン元帥である。1960年スカルノは西イリアン問題でオランダと対決することを決定、ナスチオン参謀長は汚職でデポネゴロ師団長を解任し幕僚大学に左遷していたスハルトを呼び出し 総合予備軍(CADUAD)を設立させた。それが1961年3月6日であり、後63年に陸軍戦略予備軍 (KOSTRAD Komando Strategi dan Cadangan ―AD)と改称されたものである。1965年の9月30日事件の時もスハルトはKOSTRAD司令官であり、この有力部隊を迅速に指揮し事件を制圧し大統領の道を駆け上がったのである。以降この司令官はKOPASSUS司令官から上がって来て、KOSTRAD司令官から、参謀長、国軍司令官へ登る登竜門となった。Prabowoは失敗したが、過去にはUmar Wirahadikusumah (第2代後副大統領)、Poniman (March 1973-May 1974) Wiyogo Atmodarminto (January 1978-March 1980)、Rudini (January 1981-May 1983) 、Wismoyo Arismunandar (August 1990-July 1992) 、Wiranto (April 1996-June 1997) 、Sugiyono (June 1997-March 1998) など大物が居る。
陸軍の人材と管理で陸軍に依存するが国軍司令官の命令に服する。司令官の官位は通常中将である。
1998年現在では27,000名の兵士の2個師団で、33歩兵・砲兵・装甲・空挺 大隊を有する。第1師団はCilodong(西ジャワ)、第2師団はMalangを本部としている。また以前のKOPASSUSの空挺旅団をウジュンパンダンに保有している。 PrabowoがKostrad司令官になった時はその前の率いたKapassusをKostradの輩下に置いたようだがKopassus陸軍に直轄する組織である。ちなみにベレー帽の色は緑と赤(Kopassus)である。

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コメント

さて本当にその通りなのですか?(◎´∀`)ノ

投稿: megu | 2012年3月 5日 (月) 05時12分

軍の話は落とし穴が一杯

投稿: | 2012年3月 5日 (月) 10時12分

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