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2010年6月23日 (水)

デ・ヨンゲ総督

デ・ヨンゲ総督(Jkhr. Mr. Bonifacius Cornelis de Jonge)は最後から2番目(van MooKを入れず)の総督で1931年から1936年権威を振るった。これからの300年も今までと同じ棍棒で支配すると暴言を吐いたそうで歴代で最悪とインドネシア専科でも書かれている通り、1933年にはスカルノを、1934年にはハッタとシャフリルを逮捕してスカルノ・ハッタとも日本占領まで流刑に処した総督である。ハーグで1875年に出生した彼は、1954年(or58?)79歳で亡くなっている。
オランダ300年の総督は67人であるがデ・ヨンゲと言う名前は彼一人でヨングもいない。
ついでに平戸・出島商館長を見てみるとこちらには251年間に162代の総督(相当ダブっているが。。)の中に一人だけde Jongeが1683年に商館長になっている。Constantin Ranst de Jongeで1年後帰国、再度1686年に1年赴任している。こうして見るとde Jongeと言う名前も多いようで多くはなかったと見れる。

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