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2010年6月 4日 (金)

パンチャシラの誕生

独立に向かった独立準備調査委員会の会議は1945年5月28日に開かれ翌日から憲法理念について討議した。最初にムハマッド・ヤミンが5つの原則を発表した。簡単にいえば
1. peri kebangsaan 民族主義
2. peri ke Tuhanan 神への態度
3. kesejahteraan rakyat 国民福祉
4. peri kemanusiaan 人間尊重
5. peri kerakyatan 人民主義
5月31日にはProf. Dr. Mr. Soepomoが下記を発表
1. persatuan 統合
2. mufakat dan demokrasi 合意と民主主義
3. keadilan sosial 社会正義
4. kekeluargaan 家族主義
5. musyawarah 協議
最後にスカルノが大演説をしたときの下の五つの原則がパンチャシラとなったものである。
1.Kebangsaan Indonesia インドネシア民族主義
2.Internasionalisme dan peri kemanusiaan 国際主義・人道主義
3.Mufakat atau demokrasi 合意と民主主義
4.Kesejahteraan sosial 社会公正
5.Ketuhanan yang Maha Esa 一神教への信仰
その後の9人による小委員会で合意に至り憲法の原則をジャカルタ憲章として発表された。その時の9人の委員は以下の人達である。
1. Ir. Soekarno (ketua)
2. Drs. Moh. Hatta (wakil ketua)
3. Mr. A.A. Maramis (anggota)
4. Abikoesno Tjokrosoejoso (anggota)
5. Abdul Kahar Muzakir (anggota)
6. H. Agus Salim (anggota)
7. Mr. Achmad Soebardjo (anggota)
8. KH. Wachid Hasyim (anggota)
9. Mr. Muhammad Yamin (anggota)
この中に民族主義者4人とイスラム主義者4人が含まれているがイスラムを原理に盛り込まず、「イスラム信徒にはイスラム戒律の実践を義務とする神への道に基づき・・」と例示的に表現されるに留まった。

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