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2010年7月21日 (水)

ムルデカ・バラット運河と豊かな官庁ビル

現在のMajapahit 通りはオランダ時代はRijswejk Straatと呼ばれRijswijk砦から眺められた地域でここにNoordwijk(Juanda)の砦の方から流れてきてMolenvliet(Gaja Mada)運河に右折する運河を監視していた。所がこの右折する所に南から下ってくる運河があったらしい。それは1648年に中国人のKapten Phoa Bigamが建設したものでその名残がAbdul Muisにある。Abdul Muisから、ジャカルタで良く見るごとく地中に潜りそしてPrasasti墓碑公園の先のTanah Bang 1でまた運河となりAshuariからTambolaを超えてなんとKali Besarと繋がっていく。この運河は南の木材を北の港の造船所の造船用材を運ぶ重要なポイントでこれらの監視も砦の重要な仕事であったのであろう。
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写真はムルデカ・バラットの情報通信省の裏手、Abdul Muis沿いの運河である。このあたりはムルデカバラットの古い建物或いは象徴的建物の裏に近代的官庁ビルを建てている。
裏は豊かなのである。こんなに豊かの国に日本は援助している(してきた)のだなと感慨出来る。

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