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2010年8月28日 (土)

スペインーポルトガルーイギリスーオランダ時代

16世紀前後ジャワ、日本に進出してきた列強の盛衰史はスペインーポルトガルーイギリスーオランダである。共に日本もインドネシアもオランダが最後を勤めた。所が本国事情を見ると攻守所を変え、アジアとネジレ現象すら見えるが、ポルトガルと見えるのが実際はスペインに占領されていたポルトガルであったりフランスに占領されていたオランダであったりするから厄介である。前編として以下の年表を見てみよう。
1249年 ポルトガル、レコンキスタを完了。
1279年 デニス1世(農民王)の時代ポルトガルは黄金時代
1394年 エンリケ航海王子(1394~1460)海洋学等振興が大航海時代へ
1453年 英仏百年戦争終わる。
1488年:バーソロ・ミュー・ディアスは喜望峰を発見
1492年 スペイン、レコンキスタを完了
1492年 コロンブス、アメリカ発見、スペイン・イザベル女王の援助
1494年 トルデシリャス条約、スペイン(西)ポルトガル(葡)と海上領域の線引き
1498年 ヴァスコ・ダ・ガマは喜望峰を迂回しカリカットへ。インド航路の開拓。
1511年 葡萄牙、1510年のインドのゴア占領後直ぐ、マレーのマラッカ占領
1513年 ポルトガル、マルク(モルッカ)到達
1519年 スペイン、神聖ローマ帝国としてオランダを支配、
1521年 スペイン マゼラン艦隊のチドレ到達
1522年 葡-西、テルナテで対立、ポルトガルとパジャジャランと協定
1527年 ファタヒラーのスンダカルタ勝利
1529年 ポルトガル対スペインのモルッカ争奪戦、サラゴサ条約でスペインはフイリピンに去る。
1553年 イギリス、エリザベス一世即位(25歳) イギリス国教化、強大化
1568年 オランダ、スペイン・ハプスブルグ支配から独立宣言
1580年 ポルトガル、スペイン(スペイン・ハプスブルグ家)併合さる。フェリペII世の時代で「太陽の沈まぬ帝国」と言われる
1581年 オランダはカトリック・スペインの統治権を否認布告(最終的なオランダの独立は30年戦争後の1648年)。
1588年 フェリペの無敵艦隊、アルマダの海戦で敗北した。英国の蘭支援
1598年 フェリペII死去によりスペインの世紀終了
1605年 スペイン・ポルトガル、モルッカ喪失
1640年 ポルトガル再独立 20世紀まで
1641年 オランダ、ポルトガル領マラッカ占領

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