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2010年8月21日 (土)

も一人のデ・ヨンゲ総督

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最後から2番目の総督にデ・ヨンゲ総督(Jkhr. Mr. Bonifacius Cornelis de Jonge)がいるがオランダ植民地初期の歴史にあと一人デ・ヨンゲがいる。こちらはまだ総督ではないが艦隊司令官という所であろう。
最後から2番目(van MooKを入れず)の総督は1931年から1936年権威を振るい、棍棒で支配し続けると暴言を吐きスカルノ等を流刑に処した総督である。
も一人のデ・ヨンゲ艦隊司令官とはコルネリス・マテリーフ・デ・ヨンゲで1605年にアンボンの植民地を確保した将軍である。アンボンは同年初めファンデル・ハーヘンがこの地のポルトガルを駆逐したが、すぐスペインに占領されていた。土人からの救援依頼に応じデヨンゲ艦隊がやって来て再占領するのに成功したのである。彼は翌年1606年ポルトガルのマラッカ占領も試みたがこれは失敗した。
スンダクラパにバタビアが誕生する前史の一幕である。スンダクラパに目が向くのが1610年、又クーンのバタビア勝利宣言が1619年、序でにカールテクがマラッカを攻略占領するのは1641年である。

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