« Golf Graha Familiとクマヨランの幽霊アパートのゴルフ場 | トップページ | スラマドゥ橋 »

2010年9月 9日 (木)

千の島の人口

8月7日のブログでプラウ・スリブが区と同格になったように記述したが、正確には州(Propinsi)の下は区ではなく市(Kota)である。州の下にはKotaと県Kabupatenがあるがこの二つは同格で、昔は州を第1級地方自治体と称する一方県・市を第2級地方自治体と称していた通りである。この下にKecematan郡があり、下は村Desaとなる。従い記憶していたのはプラウ・スリブ郡がプラウ・スラブ県に昇格したことで、前からあった5つのKota(ジャカルタ中央、及びジャカルタ東西南北)と同クラスになった訳でKotaを区と日本風にいえばプラウ・スリブは区となりまんざら間違いではなかった。何故昇格したのかは不明であるが、観光立県でDKI全体が潤う事を狙ったものであろう。しかしそれ以来特に発展の話は聞かない。
この千の島には一万九千人の人が住んでいるらしくこれは第2級自治体としては最下位グループ(最下位は多分パプアにあろう)である。最大の県はKab.Bogorで4百万強である。次がタンゲランが肉薄か。
Bogorと一口に言うがBogorには県と市があり、市の方のKota Bogorの人口は80万人強である。県の方が面積が圧倒的に大きい結果である。タンゲランも県と市がある。

|

« Golf Graha Familiとクマヨランの幽霊アパートのゴルフ場 | トップページ | スラマドゥ橋 »

インドネシア自然風土文化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/18815/36643456

この記事へのトラックバック一覧です: 千の島の人口:

« Golf Graha Familiとクマヨランの幽霊アパートのゴルフ場 | トップページ | スラマドゥ橋 »