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2010年9月25日 (土)

ラスナ・サイドは女の道

ラスナサイドは小生にとってみるとすっかりバクリーの道になったような気がするが、この道の名前はインドネシアの国家英雄とまでなった一人の女性教育者の名前である。Ratnaは耳にするがRasunaは女の名前には聞こえない。
ともあれ、彼女は1910年生まれの西スマトラ出身で、イスラム系学舎に学び、1930年にインドネシア ムスリミン党の前身PMIに参加しオランダ批判の演説を重ねた為、逮捕されスマラン拘禁された。後にパダンで学校を創立、婦人雑誌を指導。独立後はDPR議員から1959年にはDPA委員となったという経歴である。55歳でこの世を去った。
バクリー道路とは言いすぎであるがラスナ通りのMMCの裏側一帯はエピセントラムなどバクリーランドが大改造中でありスティアブディ側にバクリーの本社があった。
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昔、居た事があるラスナサイトのアパートは今は見違えるようにきれいになりアストンホテルも一人前の料金を取るようになった。

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