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2010年10月20日 (水)

スバルジョは国家英雄だった。

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5月の弊ブログでスバルジョ元(初代)外相の一生を静かな晩年であったと締めたがその前年2009年の国家英雄に選ばれていたことを失していた事が判った。毎年11月10日の英雄の日に叙勲が行われるがいつもミスル事が多い。もう英雄は出尽くしたと思われもう廃止になったのかとさえ思ったが、社会省の発表を見ると毎年きっちり行われてきていた。
本当は何時スハルトが英雄となるか注意して見るべきであるがいつも後手後手となっていたのだ。2009年は合計3人でSubardjoの他には故海軍少将 Jahia Daniel Dharma(John Lie)と1962年から1966年までのガジャマダ大学学長Herman Johannesであるが、聞いたことのない名前である。何れ事績を調べてみよう。2010年の国家英雄は10名ほどに絞られているようで、スハルトも名前が挙がっている。他にワヒッドやアリ・サディキンなど有名人が多い。
スバルジョ:1896年~1978年は西ジャワの貴族の出でライデン大学に留学、インドネシア協会でも活躍し、35~36年にはマタハリ特派員として東京に駐在、日本占領時は武官府で独立養成塾の指導も行っている。独立準備委員会での委員として活躍、
デンガスデンクロックに拉致されたスカルノ・ハッタの危機打開から独立宣言に貢献、初代外相となる。1952年スキマン内閣の外相として行った米国とのMSA協定で批判を浴びた事もある。
その後はスイス大使や外務省顧問、国際法名誉教授など静かな場年であった。

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